<テーマ129> 追い込まれる「加害者」(3)(前 

 

(129―1)落ち着きが見え始める 

(129―2)繰り返される「DV騒ぎ」 

(129―3)彼の苦しみ 

(129―4)「加害者」というレッテル 

 

(129-1)落ち着きが見え始める 

 少し話が先走り過ぎたようです。再びカウンセリングの初めの段階に戻りましょう。 

 初回の面接時から、私には彼の立場が非常に危ういものであるということが理解できました。彼は「とにかく暴力さえ振るわなければなんとかなる」と安易に考えておられたのでしたが、私には事態それほど単純には思えませんでした。 

姿を見せない妻に、私は何か悪い予感のようなものを感じていました。というのは、この妻の意図が私にはよく見えなかったからです。でも、そのことは彼には伝えないで、できるだけ彼の意向に沿うように援助していこうと考えました。そういう姿勢で彼と付き合おうと思ったわけです。 

しかし、私は次のことを彼には伝えました。「あなたたち夫婦がどうなるかということは、あなたにではなく、妻の方にかかっている」と伝えたのです。初めは彼はこのことがよく理解できないでいました。ただ、初めてそれを聴いた時にはショックを受けたと、彼は後に語っています。後々「DV騒ぎ」が繰り返されるにつれて、彼はこの言葉の真実を体験していったのです。 

 このカウンセリングが自分のためでもあるということを理解していたので、彼はカウンセリングに熱心でした。そして、どうすればカッとすることなく生活できるかということを一緒に考えていったのです。 

現実の生活場面においては、彼はカッとなることも度々経験しましたが。どうにかそれを抑えているのでした。カウンセリングにおいて、私はその都度彼にカッとしそうになった場面を語ってもらい、その時の感情を言葉で表現するように求めたのでした。 

 彼には既に味方が一人もありませんでした。だから、私は彼の味方になりたかったのです。私が彼の味方であり、理解者であるということが彼に実感されていくに従って、彼は自分についてのさまざまな内容を語るようになっていきました。 

 カウンセリングの初期の頃、彼の感情はとても不安定でした。時にはイライラしたり、次には妻をぶったということでくよくよ嘆いたり、親まで巻き込んでしまったことに対して非常に反省したり、自分は間違ったことはしていないと主張したりと、感情はめまぐるしく変わるのでした。その時々で言っていることが変わったとしても、彼の状態がそうさせるのであって、今現在の彼の状態において、彼に真実と体験されているものが語られている限り、矛盾があっても構わないのです。それよりも、彼にとって真実と体験されているものが表現され、受け入れられていったということがとても重要なのです。 

 こういう体験を繰り返すにつれて、彼に落ち着きや安定感が見られるようになっていったのです。時にはにこやかに訪れることもあり、恐らく、それが彼本来の姿なのだと私には思われたのでした。 

 

(129―2)繰り返される「DV騒ぎ」 

 カウンセリングを重ねるに従って、彼の状態はとても穏やかになっていきました。彼本来の人懐こさや快活さも見られるようになってきました。時には私にとても信頼の情を見せたりもしました。妻との関係も悪くなく、両親も許してくれているということでした。この期間、彼は妻に対して、どれほど怒りを感じようとも、それを表には出さないようにしていました。 

 私は今でも覚えているのです。このままいけば、彼とのカウンセリングも順調に行くだろうと、そして、まもなく終結を迎えるだろうと予期していました。でも、私の予期は裏切られることになるのです。この時期、二度目の「DV騒ぎ」が生じたのです。 

 この二度目の「DV」は一回目の焼写しでした。前述のように、彼は妻を殴ったりとか暴言を吐いたとか、そういうことはしていないのです。妻がそう騒ぎ立てるのです。妻が騒ぎ立て、妻の両親に報告する。両親は夫である彼に説明を求め、彼の両親に監督を厳しく要求する、彼は謝罪する、すべてが一回目の繰り返しだったのです。 

 以後、この流れを繰り返すのです。反省した彼は再びカウンセリングを通して安定を取り戻していきます。彼が安定してきた頃に再度「DV騒ぎ」が持ち上がり、再び彼は不安定になるのです。これを何度も繰り返してしまうのです。私にとっても、この「DV騒ぎ」は腹立たしく感じられていたのを覚えています。姿を見せない妻のために、カウンセリングも常に振り出しに戻されるのでした。 

 この「DV騒ぎ」を引き起こすのは妻の方です。彼の行為は、それだけを取り上げれば、必ずしもDVと呼べるものではありませんでした。先述のような偶然のような出来事までが、妻によってDVとされてしまうのでした。 

 もう少し明確に、ざっくばらんに述べるなら、彼が良くなっていった頃にこうした騒ぎが発生して、彼の状態を元に戻すのです。この「DV騒ぎ」が生じるタイミングが非常に重要なのです。この「DV騒ぎ」の都度、彼は悲しみ、嘆き、それが繰り返され、最後の方では悲痛なほど抑うつ状態に陥り、「死にたい」とまで言うようになっていったのです。彼にとってはとても苦しい体験だったのです。 

 さらに悪いことには、「DV騒ぎ」が繰り返されるに従って、彼の両親も彼に愛想が尽き、友人たちも彼にそっけなくなっていったということが起きたのです。周囲の人にとっては「またか」といった感じだったかもしれません。隣人や近所にも妻が話すので、彼は彼らから「危ない人」というような目で見られていると感じるようになっていました。 

 この状況を何とかして打破していかなければ、彼がもたないと私は感じていました。私はなんとかして妻に来てもらう訳にはいかないだろうかと頼んでみました。彼もそれには賛成していました。妻に対する彼の怒りや恨みは募る一方です。妻の方こそカウンセリングを受けたらいいんだとまで彼は言うようになっていました。ところが、妻は決して現れませんでした。言い分は最初の時と同じで、「精神的におかしいのはそちらの方なのに、どうしてわたしがカウンセリングを受けないといけないの」というものでした。この妻の頑なな態度には私も途方に暮れる思いがしていました。 

 「DV騒ぎ」が繰り返されていくうちに、彼の中に諦めが色濃くなっていきました。彼は最初の頃のように、妻との関係を改善したいとは言わなくなっていました。ただ、なぜこんなことになったのかそれを理解したいということに尽きるのでした。 

 一方で、彼は私にはたいへんな信頼を置いてくれました。「寺戸先生だけが分かってくれる」とまで彼は言うようになっていました。この信頼は私にとっても救いでした。彼が他者に対する信頼を放棄しない限り、彼は救われるだろうと私は信じていました。 

 

(注:本項長文でありますので二回分けることにします。続きは次項引き継ぎます 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

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