<テーマ127> 追い込まれる「加害者」(1)(続) 

 

(127―4)「弱い加害者」事例~騒ぎが大きくなる 

 妻は次に何をしたかということです。妻は病院で診断書を書いてもらい、警察にも届け出ました。そして、妻の両親にも相談に行きました。妻は自分の両親に事の次第を打ち明けました。両親は「娘を殴るとはけしからん」と怒り、夫に釈明を求めます。 

 しかし、この場合、有利なのは妻側なのです。なぜなら、きっかけやいきさつはどうであれ、夫が手を上げたというその部分は紛れもない事実だったからです。夫自身もそれを認めざるを得ないのでした。 

 夫は今回の件で謝ります。しかし、妻の両親はそれで治まらなかったのでした。そして、夫の両親にも連絡を取り、いきさつを話したのです。こうして、元々は夫婦間の出来事であったものが、家同士の問題に発展していったのでした。 

 夫の方はこんなふうに発展していくのを望んでいませんでした。彼からすると、妻の方が一方的に働きかけて、事態をここまで大きくしたというように見えているのです。妻の両親に頭を下げるのはまだ理解できるとしても、自分の両親までもが駆り出されたことには納得できないと彼は感じているようでした。そして、あたかも両親が自分の監督役にされてしまったような気がしてならないと彼は話していました。正しくその通りだったかと思います。 

 ここまでの流れは次のようになります。妻が最初に怒っている。でも怒っているのは夫の方だったということになっている。夫は確かに妻の頬をぶった。これは双方が認めています。そして妻が壁に頭を打ったというのも双方が認めている事実であります。妻が親にそれを話す。親はけしからんと怒り心頭、夫に説明を求めます。この親の非難は夫だけに留まらず、夫の親をも巻き込みます。理由は何であれ、夫が妻をぶったという事実はあるわけなので、夫の親は相手に言い返すこともできず、妻の親の言い分を受け入れざるを得なかったのです。そして、夫が二度とこれを繰り返さないように、親からも注意しておくということで両家間のいさかいは収束されたのでした。夫側も事態を収拾するためにはそうするしかなかったのでしょう。 

それ以来、妻も、妻の親も、夫の言動にこれまで以上に注意深くなり、自分の親からも監視を受けるという状況に彼は陥っていたのでした。彼はこうして二重三重に拘束されていくのでした。 

夫の親の言い分は、「相手さんをぶったという事実さえなかったら、向こうの言い分に反論できるのだけどな」というものだったそうです。夫の両親、家族もまた、妻側の配下に置かれてしまっているのです。 

 さらに、妻側はそれ以上の処置を採っていました。今回の件は、警察と弁護士が間に入って、彼が二度と暴力は振るわないと念書したことで一応は鎮まりました。さらに、夫には精神的、性格的に問題があるということで、カウンセリング等を受けて治療に専念することという条件を夫に付けたのでした。ここまでして、ようやく妻と妻の親も納得したのでした。 

 この条件のお陰で、私はこの男性と知り合うことになったのです。しかも、私を探したのは彼ではなく、妻の方だったのです。妻が私のところを探して、「ここに行って、ちゃんと治してもらってきて」と夫に言いつけたそうなのです。彼はそれに従わなければならなかったのでした。 

先ほど、彼のような人を「弱い加害者」と名づけたのですが、「弱い」ということがどういうものを指しているか、何となくでも理解していただければ結構です。夫が妻をぶったという事実、そのために妻が壁に頭を打ち、病院に行ったという事実は、彼にとって非常な負い目となっているのです。「手を上げた方が悪い」という理屈が正しいとしても、彼はそのために妻側の要求をすべて飲まざるを得なくなっているのです。それは彼だけでなく、彼の両親もまた同じような立場を取らざるを得なくなっているのです。力を得たのは、「被害者」である妻側だったのです。そして、妻側はこの力を夫に行使していくことになっているのです。ここで妻側は勝利を得ているようなものなのです。夫にはもはや何も言い返せないという状況が作り上げられているのです。 

こうして、「加害者」である彼は身動きが取れないような状況に追い込まれていったのでした。長々と彼のことを述べてきました。この後、彼はカウンセリングを受けに来ます。私からすれば、この時点で初めて彼と会っているのです。でも、この話は、実は、まだ終わらないのです。更に発展していくのですが、恐らく長文になっていくことでしょうから、ここで一旦項を改めることにします。次項以降において、この夫婦、並びに彼とのカウンセリングがどのように発展していったかを記述し、それからいくつかの考察もしてみたいと思います。 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

 

 

 

 

PAGE TOP