#016-12>お試しはできませんか? 

 

<Q> 

 「カウンセリングのお試しみたいなのはありますか」「お試しはできませんか」といった類の質問であります。 

 

<状況と背景> 

 主に初めてカウンセリングを受けようという人が発する質問のようであります。最近では出くわすことがなくなった質問でありますが、過去に何人かから同種の質問を受けた経験があります。 

 私は、まず、「お試しってなんですか?」と尋ねることにしています。と言うのは、その人の言う「お試し」なるものの意味が私には分からないからなのです。 

 この「お試し」というのは、簡潔に述べると、「無料面接体験」といった類のものであるようです。しかし、「体験面接」とか言わずに、「お試し」と表現する辺りに、質問者の抱える問題もあるように私には感じられます。 

 

<A> 

 まず、私はこの人の言うような「お試し」には応じていませんということを明記しておきます。 

 その理由は簡単です。その人は「お試し」でカウンセラーに会うことが許されても、私は「お試し」でクライアントと会うわけにはいかないからなのです。ただそれだけの理由なのです。 

 

<補足と説明> 

 私はこの質問者がとても不安の強い方だと思っています。不安や抵抗感が強くて、決断することが困難になっているのだと思います。いわゆる、優柔不断に陥っているわけです。「お試し」で受けたいというのは、不安と決断との葛藤における、一つの妥協点だったのだと思います。そのように考えると、この要望に応えることはその人にとっては非治療的な働きかけになってしまうと私は思うのです。 

 また、これは自分のリスクを回避したい気持ちの表れであるとも私は思います。不安があるのでリスクを回避したいということでもあるのでしょうけれど、どこか自分だけは助かりたいといった感情を私は感じとってしまうのであります。 

 

 さて、「お試し」で受けた後、その人はどうするのでしょうか。それを知るために「お試し」に応じてみてもよかったのですが、恐らく、根本的な部分に目を向けていないので、何も変わらず、何も得るところなく終わっただろうと私は推測しています。 

 「お試し」と言うのは、考えてみると、すごく便利な言葉のように感じられます。「試し」に何かをやって、それが上手くいかなかったり、自分の思っているものと違っていたりした場合には、「お試しだから」と言い抜けることができるのです。つまり、それを「なかったこと」にできるのです。だから、「お試しで受けたい」とある人が言う時、その人は後の逃げ道を事前に用意しておこうとしているようなものだと思います。 

 

 いささか厳しいことを言っているように聞こえたとしたら、それは私の表現不足のせいであります。私の考えているところでは、物事には「お試し」が通用する類のものと通用しないものとがありまして、「お試し」が通用しない分野において、「お試し」を要求しているところにこの質問者の間違いがあるのです。 

 一時的に使用するものや、身に付けるものなどに関しては「お試し」は有効でしょう。服を試着してみたり、道具を試しに使わせてもらったりするというのは、意味があることです。言い換えれば、「モノ」に関しては「お試し」も有効だろうということです。 

 ところが、体験とか感情、プロセスが進行していくような事柄に関しては「お試し」はまず意味がないと私は考えています。そこでは始めるか止めるか、するかしないかのどちらかしかないと思います。 

 カウンセリングも一つのプロセスなのです。もし、「お試しで受けてみて、嫌になったら止めようと」と思われるのでしたら、最初からされない方がいいと私は考えています。どの人も自分自身のためにカウンセリングを受けようと思われているわけであり、この態度はそのまま質問者の自分自身への態度を示しているように私には思われるのです。自分自身に対しても、自分が嫌になったら自分を放棄してしまう人なのかもしれません。でも、ここでは「なかったことにしよう」は通じない世界があるのです。 

 

 これは余談ですが、一度だけそのような質問に対して、「お試しで会ってもいいけれど、こちらもお試しのつもりでお会いしますので、手抜きさせてもらいますよ」と答えたことがあります。我ながら意地悪だと思うのですが、その時の相手の返答は、「そんなの困ります」というもので、相手は即座に電話を切ったのでした。そんな程度だと思います。自分はお試しを相手に求めているのに、相手には真剣を求めているのです。この態度が問題になるわけであり、その人の人生がうまくいっていないということとも関係しているように私は思うのです。 

 

 プロセスが展開する事柄に関しては「お試し」などというものは通用しない、それが私の考えなのであります。カウンセリング機関によっては、「予備面接」といった形で事前面接を組むところもあるようですが、私は反対であります。最初から「本面接」をカウンセラーはしなければならず、クライアントに対してもそれが誠実な態度であると私は考えています。 

 もっとも問題になるのは、「お試し」ですでにプロセスが開始されているのに、当人がそれを中途放棄してしまうことであります。カウンセラー側としてはその後のフォローもままならず、その後の経緯も知ることができず、ケアもできないという条件が生まれてしまうのであります。質問者はそこまで考えていないだろうと思うのですが、少なくともカウンセラー側の視点で言えば、かなりリスクの高い要望なのであります。 

 

 この質問にはもう一つの要素が背後に潜んでいます。つまり、「無料」という意味合いであります。どうしてカウンセリングは無料でなければならないのか、逆に質問者にお尋ねしたいくらいであります。 

 さらに言えば、私は無料体験をしていますなどとはどこにも謳っていないし、ホームページには時間と料金がきちんと明記されているのに、どうして自分だけ無料体験をしてもらえるなどと考えるのでしょうか。もちろん、これは言い過ぎに聞こえることだろうと思います。本人はただそういう要望を出しただけであり、どのような要望もまずは出してみることに私は反対しないのでありますが、本気でこれが通用するとお考えになられたのだろうかと疑問に思うのであります。 

 

 他にも思うところはありますが、この辺りで終えておきましょう。いずれにしても、お試しなどというものはやっていませんので、そういうのは、少なくともカウンセリングにおいては百害あって一利なしであります。 

 

文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

 

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