<#015-9>S氏2回目面接 

 

 S氏とは一回だけで縁が切れるかと私は思っていましたが、幸いなことに2回目面接が実現したのでした。初回面接から約2か月後のことでした。 

 電話をかけてきて、「私のことを覚えてますか」と尋ねる。私は「覚えてますよ、あれからどうなったか気になっていました」と伝える。彼は安心したようでした。そこで彼は2回目の予約を取りました。 

 予約日時に彼は訪れます。また面接の模様を記述することにします。前回同様、SはS氏の発言、Tは私の発言であります。各々の発言冒頭に番号が付してありますがそれは解説のためのものであります。 

 

(1)T:その後、いかがですか。 

(2)S:あれから・・・たいへんだったんですよ・・・(何か感情を抑え込んでいる感じがある)・・・なんというか、先生の言う通りのことが起きて・・・ 

(3)T:どういうことでしょうか。 

(4)S:(要約:初回面接後、彼はDV専門の治療者のところを受けたようである。これは妻と義母が推しているところである。しかし、彼はそこはそぐわない、自分の求めているものがないように感じたようです。最初に治療者が講義のようなことをするらしく、彼が訴えたいことは訴えられなかったと言います。それでも彼は妻と義母の要求には従った。最初に彼の要求を通したので、妻と義母の要求に従うのも仕方がないことだと彼は思っていた。だからそこも一回は受けるつもりでいた。ただ、妻たちはそこを継続するようにと求めてくる。そこで2回目を受けるなら、高槻のカウンセラーでも2回目を受けさせてほしいと彼は頼むが、「あそこは一回で十分でしょう」などと義母に言われ、彼の要求は却下されたという。その後も彼の望むところのものは却下され続けているという。そのDV専門家のところへは行きたくないと彼が言えば、それなら病院を受診しろなどと妻と義母は求めてくるという。彼は高槻のカウンセリングを受けたいと再三訴えるが、妻・義母は耳を貸さず、挙句の果てに、高槻のカウンセラーはダメだなどと悪口を言うようになった) 

(5)T:なるほど。何が何でも自分たちの望む通りのことをSさんにさせたいっていう感じですね。 

(6)S:そうなんですよ。それで、先日、つまり今回の予約を取る前夜のことでしたが、再び妻と口論になり、妻が寺戸先生のことを悪し様に罵るのに耐えられなくて、ついにやってしまったんです。 

(7)T:やった、というのは。 

(8)S:妻に手を上げてしまったんです。いつもなら「やってしまった」と後悔の気持ちが生まれるのだけれど、その時は不思議となんの感情も湧かなかった。それで、翌日、妻の言いなりになるのが不快で、寺戸先生のところへ予約の電話をかけたのです。 

(9)T:そうだったのですね、よくそれができましたね。すごいことです。 

(10)S:(涙ぐむ)先生の言う通り、最初に要求をのんだのだから、後はいくらでも要求に従ってもらうっていう感じで、公平じゃなくても意に介さない。 

(11)T:不公平すぎるのも腹立たしい。 

(12)S:ええ、僕は公平を求めているのに、妻と義母にとってはそれは暴力に等しいものに見えているようだ。 

(13)T:正当な主張であっても暴力になってしまうのですね。 

(14)S:僕の要求をのんでくれたことは感謝したいと思っている。だから妻たちの要求にも従ったのに、一度従うと、あとは従うのが当然といった態度で出てくる。前回、先生がその話をしたときには、正直言って、そんなことはないだろうと思っていたけれど、現実は先生の言った通りになりました。なぜ、妻と義母がそうなると先生は分かったのですか。 

(15)T:そういう人たちを見ているからですよ。DV問題では「被害者」側が要求がましいところがあったりするのでね。 

(16)S:そうなんですか。DV専門の先生はそんなことを教えなかった。寺戸先生の方がよく分かっているように思う。妻というか、むしろ義母の方なんだけど、寺戸先生は加害者の味方をするカウンセラーだと思い込んでいるようです。そうではなく、加害者とか被害者とかの区別をしない先生だと僕が言い返しても、寺戸先生から変な催眠暗示をかけられてそう思い込まされているだけだ、といったことを言う。それでガマンできなくなるんです。 

(17)T:そうですか。僕は義母にはそんなふうに映るのですな。それで二か月近くガマンをしてきたということですか。 

(18)S:そうですね。前回から二か月ほど経ってるので、そうなりますか。 

(19)T:もっと早くキレてもよかったのにね。 

(20)S:(驚いた風。次いで笑みを浮かべる)そう思いますか。(T:ええ)。先生は変わった考え方しますね。 

(21)T:そうでしょうか。Sさんがキレて、妻に手を上げたので、事態が急転したのでしょう。それでこうして2回目が実現しているのでしょう。 

(22)S:確かにそうですけど、それでいいのかなあという気もする。 

(23)T:暴力は確かによくないことだとは言っても、普通の手段では相手は応じてくれないのでしょう。つまり、普通に説明したり、正当に頼んだりが相手には通用しないのでしょう。 

(24)S:特に義母はそうですね。でも、そうか(何か気づく様子)、これまでもそうだった。物事を説明したり、あるいは説得したりが通用しない感じだった。依頼しても常に断られる感じがあった。それは僕の説明が拙くて伝わらないのだとか、頼み方がよくなかったのだとか、そんな思いに駆られていた。 

(25)T:自分の方に何か落ち度があるということで片付けてきたようですね。 

(26)S:そう思ってきたけれど、相手の方がそれが通用しないのだとは思ってもいなかった。 

(27)T:私はそう思ってますよ。これは簡単に証明できるのですよ。(S:本当ですか)。ええ、もし、Sさんの言い方や頼み方が常に相手に伝わらないのであれば、Sさんはきっとあらゆる人にキレなければならなくなるでしょう。たくさんの人に手を上げているはずでしょう。私に対しても手を上げておかしくないでしょう。でも、Sさんはそういうことをしないですね。(S:笑いながら、そうですねと答える)。ということは、Sさんの説明も依頼も普通に通用するものであり、Sさんは人に対して暴力を振るう人ではないということになりますね。 

(28)S:そうですね。これは信じてもらえるかどうか、僕が手を上げたのは妻だけなんですよ。これまで付き合った人であるとか、友達とかに対しては手を上げたことはないんですよ。 

(29)T:分かりますよ。だから、Sさんは加害者ではないんです。 

(30)S:でも、どうして分かるんですか。 

(31)T:もし、Sさんが常習的に相手かまわず暴力を振るう人であれば、暴力を振るうということがSさんの中では当たり前のことになっているだろうから、そのことで悩むはずがないんです。普段のSさんならしないことをやってしまうから、悩むのじゃないんですか。 

(32)S:(涙ぐむ)妻に対しても最初から手を上げていたわけではないんですよ。 

(33)T:そうでしょう。結婚して、何年か経ってからこういう問題が起きたということですか。 

(34)S:(要約。妻とのいきさつを語る。前回の記述と重複するが、時間順に並べると以下のようになる。彼は大学卒業後ある企業に就職する。退職までその企業で勤めた。仕事は懸命にこなし、波に乗ってきたところで結婚を考えた。早く一人前になりたい気持ちが強かったらしい。20代後半、知人の伝手で現在の妻を知り、交際が始まる。当時、彼女は大学卒業して無職状態だった。就職が難しかったようだ。結婚はいわゆる「できちゃた結婚」。彼女が妊娠したので結婚が実現した。男の子が生まれる。それから10年ほど経過している。3年前に企業が吸収合併されるのを機に彼は退職している。現在は非正規雇用でいろんな職場で働いている。その生活も最初の1年は良かったが、2年目からは不満を持つようになったという。妻に手を上げるようになったのはその頃からで、それ以前はそういうことをしなかったという) 

(35)T:では、10年の夫婦生活のうち、DVのような問題が起きたのはここ2年のことなんですね。それ以前は決してそういうことをSさんはしなかった。 

(36)S:そうなんですよ。どういうわけか、妻や義母に耐えられない思いをするようになってきたんです。以前は耐えられていたのに、耐えられなくなった気がしている。 

(37)T:ちなみに妻と義母はどんなふうに考えているのでしょうか。 

(38)S:妻が言うには、僕がいまだに会社を辞めたことを受け入れてないと言います。自分ではそんなことないと思っているのですが、妻はそう見ていて、それで不満を家庭に持ち込んでいると妻は言うんです。きっと、義母も同じような見方をしているかと思います。 

(39)T:なるほど、Sさんが手を上げるのは、Sさんが自分の人生を受け入れていないからだ、とそんな風に考えているということですか。 

(40)S:でも、実際そうかもしれないと思うんです。この2年は今の非正規雇用の働き方に満足していない。最初はいろんな職場を経験することで、自分のキャリアやスキルが広がるような感じがしてよかった。いろいろ見聞できたことも良かった気がしている。でも、キャリアやスキルが広がっても、なんだか広がっていくだけで、それらをアップすることができない感じがしてきて、そこに不満もある。 

(41)T:正社員になることはお考えになっているのでしょうか。 

(42)S:気持ちとしてはある。一つ所で働く方が熱中できるような気がしている。ただ、それができないのは妻の起業の兼ね合いもあるからなんです。 

(43)T:そうだ、奥さんは何か事業を始めたということでしたね。 

(44)S:お店を経営している。妻はそれが夢だったらしい。 

(45)T:妻の夢が実現することと、Sさんが正社員で働けないことと、どうつながるのかな。 

(46)S:子供がまだ小学生だからです。子供に何かあった時に夫婦のうちのどちらかが動けるようにしておく方がいいということでそうしているんです。妻は店に縛られるようになるので、僕が自由に動ける状態にしておいた方がいいということなのです。 

(47)T:それはSさんのお考えなのでしょうか。 

(48)S:どちらかと言えば妻の考えなんです。ただ、僕もそれには反対はしなかったのです。でも、子供のために自由に動けるようにしておくことが、今ではそんなに必要なことかなとも思うんです。 

(49)T:考えや気持ちが変わってきたようですね。 

(50)S:そうなんです・・・(長い沈黙)・・・こんなことは言いづらいことだけど、子供のために時間を空けるということがなんだか無駄のような気がしてきて・・・ 

(51)T:無駄な気がする? 無駄とはどういうこと? 

(52)S:まず、子供にそうそう何かが起きるわけでもないし、それに・・・(口ごもる)子供に何かあっても妻がどうにかするのでね。 

(53)T:そうですか、ふむ(考える)。子供に何かあってもSさんの出番はないような気がするのですね。(S:そうです)。それならなんのために非正規でやっているのか意味が分からなくなってくるのも当然ですね。 

(54)S:そうです。非正規で働くことに意味が見出せない気は確かにしている。 

(55)T:でも妻はそれを求めているので、妻のために渋々それを続けているという感じでしょうか。 

(56)S:今はそんな気がしている。妻が望むからそうしているだけで、不満の方が今は強い。今も仕事は仕事で面白いと感じることもあるけれど、それとこれとはまた別な気がするんです。(T:確かにそうですね)。そろそろこの生活も変えたいと思っているのだけれど。 

(57)T:なかなか踏み出せない? 

(58)S:ええ。(以下、少し話がまとまらない感じがあるので要約する。S氏は正規雇用のことを妻とも話し合ったことがあるそうだけど、取り合ってもらえなかったということである。妻は、彼がそんなことを考えるのは、子供のことを考えていないからだとか、私(妻)がやりたいことをやっていることに対して嫉妬しているからだとか、私(妻)の足を引っ張りたいためにそういうことを言っているのだとか、そんなことを言うらしい。彼はそんなことをまったく考えていないのだけれど、妻がそういう反応を示してくるので、この件に関する話し合いはきちんとなされることなく、彼は最後に混乱してしまうそうである) 

(59)T:なんだか論点がズレていくようですね。Sさんは正規雇用で働きたいと望んでいるだけで、妻に店を畳めとか、そんなことを言っているわけではないんでしょう。 

(60)S:実はそうでもないんです。(T:ほう!)。店を辞めろとまでは言わないけれど、これまでに何度か経営のことで僕が口出ししたことがあるんです。それで妻が激怒するんです。妻の事業に口出しするなんて夫としては最低だとか、そんなことまで言いだすんです。僕が正規雇用で働くということは、妻には自分の事業が失敗しているとみなされているように感じるのだと思うんです。 

(61)T:なるほど。(時間がそろそろ終わりに近づいてくる)。もう少しその辺りのことも聞いてみたい気もあるのですが、ちょっと前へ進むのは止めましょう。今日、Sさんは妻と義母の反対を押し切ってまで僕の面接を受けたのだけれど、この後、Sさんに対しての風当りが厳しくなるのではないですか。 

(62)S:なるでしょうね。きっとあれこれ訊かれると思います。 

(63)T:前回はどうやって切り抜けたんですか。 

(64)S:先生に言われたように、正確な診断をしたいから家族が干渉して刺激しないように言われていると伝えました。妻と義母は、「何、それ?」といった反応でした。それで、「そんなカウンセラーあかんやん」とか言いだしたのです。でも、今回もそれでいこうかなと思います。 

(65)T:それで切り抜けることができれば良しです。ただ、前回のようにはいかないかもしれません。 

(66)S:(笑う)先生はまた何か見越しているんでしょう。そういうの教えてほしいんですよ。 

(67)T:(笑む)見越しているわけではないんですよ。妻と義母の反対を押し切ってまで受けたので、妻たちの不満や憤りが前よりも激しくなるだろうと思います。そして、DVのようなことが何度も起きると思います。つまり、Sさんが妻に手を上げてしまう場面が増えるかもしれません。妻たちはますますパニックになることでしょう。Sさんに対しても圧力をかけてくるかもしれません。さらに多くのことを要求してくるかもしれません。 

(68)S:言われてみると、確かにそうなりそうな予感がする。どうすればいいですか。 

(69)T:妻たちの感情に反応せず、挑発を受けないようにしてほしいと願ってます。これは口で言うほど簡単ではないのですが、できるだけ相手の感情を受け取らないようにしてほしいと思います。妻と義母は否定的な感情をSさんにぶつけてくるでしょう。その感情に応じないようにしてほしいのです。もし、困った場面とかがあったら、次回、その場面を考えてみたいと思いますので、そういう場面のことはよく覚えておいてほしいし、メモとかにとって記録に残しておいてほしい。 

(70)S:わかりました。やってみます。 

(71)T:では、今日はここまでにしましょう 

 

 以上がS氏の第2回目面接の概要であります。次項より個々の流れを追いながら解説を試みたいと思います。 

 

(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

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