<#015-30>S氏3回目面接~解説編(11)
<抜粋>
(91)T:まあ、それはさておいて、この場面のことに関して、その後、つまり今日までという意味ですが、この場面のことで奥さんと何か話し合ったりとか、話題に上がったりとかしましたか。
(92)S:特にそういうことはないですね。僕の方でもそれを蒸し返すつもりはないですし、妻の方でも触れたくないと思っているんじゃないかな。
(93)T:お互いにそこに触れない感じなんですね。
(94)S:ええ。でも、ギクシャクしてる感じとかはないんですよ。今まで通りに過ごしている感じです。
(95)T:今回のこの場面では、Sさんは怒りに駆られてはいたけれど、奥さんに手を上げるということはなかったのですね。
(96)S:妻はDVだDVだって騒ぐんですけど、実際は妻に手を上げるということはそれほど多くないんです。今回は暴力を振るわなかったって思われるかもしれませんが、そうではなくて、僕の中ではいつもと同じ感じなんです。
(97)T:ああ、そうなんですね。今回もいつもと同じように、Sさんはアタマに来てるけれど、暴力行為は振るわなかったということなんですね。
(98)S:妻はどう考えるか分からないけど、殴るとか叩くとか、そういう、誰が見ても暴力と呼べるような行為はしないんです。
(99)T:それじゃあ、こういうことになるんですか。基本的にSさんは妻に対して暴力は振るわないけれど、暴力を振るってしまうときもあるっていうことになるのでしょうか。
(100)S:ええ。でも、そういうのは本当にたまにといいますか、それほど多くないんですよ。
(101)T:ええ、分かりますよ。だから、Sさんが妻に手を上げるってことは、Sさんにとって相当なことが起きているんですね。
(102)S:そう思っていただけるなら。現実には、訳が分からないうちに手を上げてるっていう感じに近いような気がします。
(103)T:やはり混乱するんでしょうね
(104)S:それで暴力を振るったということで、僕だけが、なんか、責められるというか、非難されるというか。
(105)T:不公平な感じですよね。
(106)S:そうなんですよ。僕の方だって暴力を振るいたいわけではないんですよ。怒りに身を任せたのは確かだけれど、もっと訳の分からない感じの方が強いんですよ。
(107)T:その辺りのことも私なりに分かる気がしています。それではSさん、時間も終了に近づいてきたので、今日はここまでとしたいと思います。今日は具体的な場面を持ってきてくれたので私の方でもいろいろ分かる点もあり、考える点も見えてきた感じがしています。この一場面だけで判断するのは控えなければならないんですが、もし、問題発生場面になんらかのパターンと言いますか、法則といいますか、そういうものが見えてくるとよりはっきりと言えるんですが、今回の場面で見る限り、Sさんは奥さんの感情に巻き込まれていることになると思います。
(108)S:え、そうなんですか。妻は逆のことを言うんですよ。
(109)T:奥さんの側からするとそう見えるかもしれません。でも、それは奥さんの方の問題であって、Sさんがどうこうできるものではないかもしれません。お互いに巻き込み合うようなところがあるのでしょう。発端がどこかによって自分が巻き込まれたという体験につながるものだと思います。少なくとも、今日、Sさんが持ってきてくれた場面に関しては、Sさんの方が妻の感情に巻き込まれているという感じがします。
(110)S:そうなのかな。
(111)T:まあ、あまり信じられないという気持もあるかもしれませんね。先ほども言いましたが、この一場面だけで決定できるものではなく、いくつもの場面を見ていくことが必要であります。現時点では、Sさんの方が妻の感情に巻き込まれていると私は考えています。なぜ、巻き込まれてしまうのか、巻き込まれないために何ができるのか、今後も検討していけたらと思います。
(112)S:それはぜひ。
(113)T:それでは今日は時間となりましたので、ここまでにしましょう。
<解説>
問題発生場面以後のことを含め、面接終了までを抜粋しています。
DVのような問題では、いわゆる「ハネムーン期」とよばれる時期が挟まれることも見られるのですが、S氏のこの場面では、そういうことがなかったようであります。「ハネムーン期」があるというのは、双方がその問題を意識していることの表れであると私は思っているのですが、S氏の場合、どうもそれが見られないといいますか、彼も妻も何事もなかったかのように平時の夫婦生活を送っているようであります。妻の方は分からないとしても、S氏の方は問題を否認している(無かったことにしようなど)ようでもないし、どこか淡々とした印象を受けるのです。妻に対しての感情が薄いようにも感じられてくるのであります。もっとも、ギクシャクしている感じはなく、いつもと同じ感じであるというのは、S氏にはそう見えているということなのかもしれませんが。
続いて、この場面ではS氏の「暴力」は見られませんでした。S氏に言わせると、暴力的な行為が伴うのは稀であるとのことであります。滅多にないことであるそうです。しかし、まったくないとは言っていないのであり、やはり過去に妻に対しての暴力行為はあったのでしょう。彼はそのことを否認しているわけではありません。ただ、それが本当に「たまに」のことであるというのは、S氏の評価であり、妻は違った評価をすることもあるでしょうし、実際、S氏の言う「たまに」というのがどれほどの頻度であるのかはこの時点では何も見えないのであります。
ただ、S氏が手を上げる時の状況を彼は語っています。それは、「訳が分からないうちに手を上げている」という体験であるようです。私はDV「加害者」とされる人たちはそのような体験をしていると考えています。あるいは、そのような体験をしている人が多いものであると考えています。その人の中で混乱し、何かが掻き立てられると同時に禁止され、引き裂かれるような思いに駆られ、自分が壊れそうに感じられ、それを食い止める時に「暴力行為」が生じることが多いだろうと思っているのです。S氏は、この時点では、そこまで見えておらず、混乱のみを訴えているというわけであります。
最後に、今回の問題発生場面に関しては、S氏の方が妻に巻き込まれていると私はみなしています。面白いことに、妻はその逆のことを言うそうであります。妻からすればそういう体験となるのでしょう。前項にて、今回の問題発生のタイミングが絶妙だということを述べました。妻の中では穏やかでない感情が湧出していたかもしれません。妻からすれば、夫があのカウンセラーと会ったせいで不愉快な気持ちにさせられているという認識であるかもしれません。そうだとすると、夫の方が自分を不快にさせていると妻には体験されていることでしょう。そうであれば、妻からすれば、夫のせいで自分が巻き込まれてしまったというふうに映ることでしょう。
しかしながら、夫婦として、一緒に生活していると、お互いに影響しあい、感情的に巻き込み合うことになるでしょう。その他の人間関係でも同じであると私は考えています。私の言う「巻き込み」はそういう意味ではありません。問題発生を誘発する「巻き込み」のことであります。面接ではその辺りが言葉足らずだったかもしれません。
さて、S氏の3回目の面接を抜粋しながら解説してきました。ずいぶん雑多な解説となった気がしているのですが、次項では少し整理したいと思います。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)