<#015-29>S氏3回目面接~解説編(10)
<抜粋>
(71)T:その後は、どうなったのですか。
(72)S:妻が放っておいてくれというのだから放っておくことにしました。その後、僕は寝ましたね。
(73)T:よく寝れましたね。感情が高ぶっていたでしょうに。
(74)S:そうなんですけど、翌日も仕事があるので、寝ておかないと。それに、僕の日課といいますか、それもあるので。
(75)T:日課?
(76)S:ええ、規則正しい生活を送ることを自分に課しているんです。仕事が不規則になりがちなので、それでどうしても生活が不規則になってしまう。生活が不規則になると仕事もいい仕事ができなくなりそうな感じがするので、できるだけ規則正しい生活を送るようにしているんです。寝る時間も起きる時間も、食事の時間も、出来る限り守って生活しているんです。朝の出勤が遅い日でも、遅くまで寝ていないで、いつもと同じ時間に起き、明日が休日でも夜更かししないで、いつもと同じ時間に寝て、そういうことを自分に課してやっているんです。
(77)T:すごいですね。では、その日も就眠時間が来たので、なんていますか、無理してでも寝たということになるんでしょうか。
(78)S:(笑って)まあ、そうですね。できるだけ速やかに自分の日常に戻ろうとは意図していましたけど、そんな無理して寝たというわけでもないんですよ。
(79)T:それで翌朝もいつもと同じ時間に起床して。
(80)S:そうですよ。無理して起きたとかいうわけでもないんですよ。眠れなかったというわけでもないし。
(81)T:奥さんはあの後はどうしたんでしょうね。
(82)S:さあ、どうなったんでしょうね。特にこちらから何も訊かなかったし、きっと、妻もあの後、もうしばらく仕事をして、それから寝たんでしょう。僕が起床した時、妻はまだ寝ているようでしたから。
(83)T:Sさんにとって、奥さんのことはあまり気にならない、ということでしょうか。
(84)S:妻のことが気にならないわけではないけれど、いちいち気にしてられないという気持もありますね。妻は生活が不規則で、就眠起床も早かったり遅かったりしてるんですね。朝、いつものように起きてこなくても、遅くまで寝ていても、特に心配にはならないですね。妻にはよくあることなので。
(85)T:そうなんですね。・・・えーと(考える)
(86)S:どうかしたんですか。
(87)T:ええ。今、ふと思いついたと言いますか、引っかかったと言いますか、何か頭の中に浮かんだのだけれど、それが何だったか(笑)
(88)S:もう(笑)。
(89)T:いやいや、ごめんなさい。思い出したらお伝えしますね(笑)
(90)S:頼みますよ(笑)
<解説>
この抜粋部分は問題発生の後に関する内容であります。問題発生後、S氏はできるだけ速やかに自分の日常に戻ろうとしたそうでありますが、これは良好な適応と言えます。それなりに無理をしたようです。それでも、そういうことができるというのはいいことであると私は考えています。
続いて、彼の「日課」の話が出てきます。彼はできるだけ生活を規則正しいものにしようと努めています。なかなかストイックな感じも伝わってくるのでありますが、そこまで自分を律することができるというのも良好なサインであると私は思います。ただ、律するとしても、それが度を越しているようであれば考えもので、それは一つの症状である場合もあります。
妻の方は不規則な生活になりがちであり、彼はそれに慣れているので、特に気にならないということであります。S氏が自他未分化な人であれば、妻にも同じような生活を強制することでしょう。
最後に、私はふと思い当たったことがあったのに、それを言葉にする瞬間に度忘れしてしまうという失敗をやらかしてしまいます。私には時々こういうことが起きるのです。
この度忘れは、例えば、何か閃いたけれど、他の観念が混入してきたり、クライアントの話が次々と発せられたりしているうちにウヤムヤになったりすることもあります。一方で、それを言おうとする瞬間に「制止」が働く場合もあります。「制止」が働くというのは、それを言うことを禁止する自分があるということであります。この場面でも、後から考えて、やっぱりこれは言わないで良かったと思えたものでありました。
この時、私が思い当たったことは次のことでした。彼が妻の生活様式をよく知っているように、妻の方でも彼の生活習慣などが見えているはずであります。一緒に生活していたら当然そうなるでしょう。そして、彼の方は規則正しい生活を送っています。何時に寝るのか、何時に起きるのか、彼はその習慣を守り、妻の方でもそれが分かっていることでしょう。
問題となるのはこの問題発生場面のタイミングであります。これが発生したのは、彼が一日を終えて、まさにこれから寝ようという時間でありました。彼がいつも就眠する時間だったのでしょう。そして、いわば、それに間に合うような形でこの問題が発生しているということであります。タイミングが絶妙という印象を受けるのであります。
妻の視点に立てば、もうそろそろ夫が寝る時間だ、夫が寝てしまう前にこれだけはやっておかなければならない、ということになるでしょうか。もちろん、妻がこんな風に考えて、意図的に行為したとは言えないのでありますが、敢えて言葉にしたらそういうことになるでしょうか。私は、むしろ、妻は衝動的に、無意図的に一連の行為をしたと考えています。
上記のように仮定した上で、さらに考えてみましょう。この問題発生場面はS氏の前回のカウンセリングの日でした。妻は夫のこのカウンセリングには反対しており、彼がこのカウンセリングを受けることに不服であります。妻からすれば、やってほしくないことを夫がやってるというふうに体験されることでしょう。
まさにそれと同じことを妻はS氏に対してやっているということになるでしょう。S氏にとってやってほしくないこと(ドアを蹴るなど)を、妻はやっているわけであるからです。従って、妻のこの行為は、これも敢えて言葉にすれば、「あなたが今日、私に対してやったことはこういうことなのよ」ということであり、「あなたが今日私に対してやったのと同じことを、私はあなたに対してやってあげるわ」ということになるかと私は思います。
妻にとって、夫がこのカウンセリングを受けに行ったということは不愉快であったことでしょう。その不愉快な気分を晴らさなければならなかったのかもしれません。夫が寝る時間になり、夫だけ安眠することが許せなかったのかもしれません。どうしてもこれだけは今日中に夫に分からせなければいられないといった気持であったかもしれません。いずれにしても、妻はこの問題発生場面において、何かをS氏に伝えようとしているのであります。でも、妻自身はそれを言わず、夫に推測させようとしているようにも思えてくるのであります。彼は、言葉が適切ではないかもしれませんが、妻の戦術にかかってしまっているようにも私には思えてくるのです。この辺りのことは後に再度取り上げたいと思います。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)