<#015-25>S氏3回目面接~解説編(6)
<抜粋>
(31)T:そういう感じだったんですね。それで、Sさんが居間でくつろいでいると、突然、大きな音がして、妻が入ってきたのですね。
(32)S:そうです。ドンって音が鳴って、ビックリしたんですよ。見ると、妻がすごい険しい顔をして入ってきまして、そのままツカツカと冷蔵庫の方へ行ったんですよ。冷蔵庫から飲み物を取り出して、そのまま部屋に戻ろうとしたんです。
(33)T:その間、Sさんは奥さんの行動を見ていたということでしょうか。
(34)S:見ていたといいますか、どういうつもりなんだろうかという感じで。
(35)T:どんな気持だったんでしょうね。
(36)S:最初は物音にびっくりして体が強張った感じがあって、それで妻の方で何か言うかなという思いもあったように思います。
(37)T:びっくりしますよね。体も硬直するでしょうね。すぐには行動が生まれなかったかもしれませんね。それに、妻の方から何か言うかと待機するような感じでもあったということですね。
(38)S:そんな感じがします。
<解説>
S氏のひと時のくつろぎは突然の大きな物音で中断されることとなりました。険しい顔をして妻が入ってきて、冷蔵庫から飲み物を取り出して、そのまま出ていこうとします。ここではすでに妻による夫S氏の「無視」が始まっています。
S氏からすると、挑発しておいて無視されるというなんとも不愉快な事態に置かれることになります。妻の方で、S氏にとって無視できない状況を生み出しておいて、妻の方ではS氏を無視するという矛盾したメッセージを送っていることになります。後に私はS氏の感情が混乱していたのだろうと述べる箇所がありますが、それは妻のメッセージに矛盾が感じられるからであります。
(33)は私の疑問であります。実はS氏の報告はこの部分がひどく曖昧なのであります。妻の行動は逐一見ているのでありますが、S氏が何を感じたのか、どうしたのかといったことが欠落しているのです。その間、妻の行動を見ていたのかと私は質問しているのは、その間、S氏が何をしていたのかを間接的に問うているわけであります。
(34)でS氏がそれに答えるのですが、なんとも曖昧な返答であります。ただ妻の言動を見ていたというのではなく、どういうつもりなのかと訝るような気持が強かったようであります。
(35)で、私はそれをさらに明確化するように求めています。その時のS氏の気持はどういうものだったのかと問うているわけであります。
(36)はそれに対するS氏の返答でありますが、この返答は、実は、私の問いに正確に答えたものではありません。彼は物音に驚愕し、体が硬直した感じがしたことを述べています。そして、妻の方で何か言いだすのを待機する感じもあったことを述べています。前者はかなり正直なところであると思いますが、後者は後付けの可能性もあるかもしれません。あるいは、妻の方で何か言いだしてくれないかと、妻に依存するような気持であったかもしれません。この状況が彼にとって手に負えないものであるほど、妻の方から動いてくれないかといった期待が生まれてしまうかもしれないからであります。
(37)では、私はそれ以上追及せず、S氏の述べた所を要約して伝えています。それでこの場面のことは、ひとまず、ここまでにしておいて、次の展開へと話を進めることになりました。
さて、くつろいでいる時に突然大きな物音がすれば、当然、ビックリするでしょうし、体も強張ることでしょう。そういう時には、驚愕以外には、なんらの感情も知覚できないかもしれません。でも、一つの仮説として、S氏の中では何らかの感情が発生していたのではないかと考えることもできます。驚愕の影響が薄れるほど、感情が認知されそうに思われるのですが、S氏はそこを明確化できないようであります。
自分の内面で発生した感情が認知できない場合、もしそのように仮定した場合という意味ですが、その場合、感情が制止されたという可能性もあるかもしれません。例えば、ショッキングな場面に遭遇すると、感情が平板化したり、無感情になったりしてしまうことが人間にはあるのですが、そういう感じで感情に制止がかかった可能性もあり得るということであります。
もう一つそれに付け加えると、S氏の目は妻に注がれています。注意、意識が妻の方に向いています。それだけS氏自身に向けての注意や意識が薄くなっていたかもしれません。このことは人間関係の問題ではけっこう頻繁に見られることであると私は感じています。相手がどうこうということは非常に鮮明に記憶しているのに、自分自身がどうであったかに関しては非常に盲目になっているといった例がけっこうあるわけであります。
私の仮説をもう一度述べておきましょう。突然の物音に驚愕し、体が硬直したのは確かでしょう。でも、妻が入ってきてから出ていくまでの間にS氏はその驚愕の影響から解放されているだろうと思われるのであります。その時に何らかの感情体験をしていたのではないかということであります。そうでなければ、S氏の次のアクトは生まれないだろうと思うのです。つまり、驚愕と「今、ドアを蹴っただろ」とS氏が詰め寄るまでの間に、S氏の中で生まれた感情があるだろうということであります。私はそこを明確化したいと思うわけですが、S氏はその感情に自分でも気づいていないようであります。
上記のことを念頭に置いておくと、次の抜粋部分がよく理解できるようになると思います。私たちは、次項において、S氏の起こす行動場面を見ていくことにしましょう。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)