<#015-22>S氏3回目面接~解説編(3)
S氏とのカウンセリング場面を抜粋して、解説していくことにします。
<抜粋>
(5)T:こういうやりとりがあったんですね。一つ一つ順を追って訊いてみたいのですが、よろしいでしょうか(S氏:どうぞ)。まず、これはいつの出来事でしょうか。
(6)S:前回のカウンセリングの日でした。夜のことで、これから寝ようかといった時間帯のことでした。
(7)T:ああ、そうなんですね。前回のカウンセリングの日だったんですね。
(8)S:そうです。カウンセリングを終えて、帰宅して、夕食をとって、それで居間でくつろいでいたところだったんです。
(9)T:奥さんは何をしていたんですか。
(10)S:妻は自分の部屋で仕事をしていました。忙しい時とか、早退した時には仕事を家に持ち帰って、自分の部屋で仕事をすることがよくある。
(11)T:奥さんは確かお店を開いていたのでしたね。
(12)S:ええ、インテリア雑貨なんかを扱う店をやっています。
(13)T:その日は奥さんは自室で仕事をしていたということですね。Sさんが帰宅した時にはすでに仕事をしていたということですか。
(14)S:そうです。僕が帰宅した時には妻は自室に籠っていましたね。夕食が作ってあったので、それを食べて、その後、くつろいでいました。妻が自室にいるということは物音とかで分かってましたし、仕事の邪魔をするのも悪いと思うので、こちらからは何も声をかけたりとかしませんでした。
(15)T:そうなんですね。Sさんの方からは何も声をかけたりとかはしないのですね。
(16)S:妻が部屋で仕事をしている時はいつもそうです。よほどの用事でないと声をかけないですね。妻が仕事をしていることはこちらも承知しているので。
<解説>
S氏の問題発生場面を構成して、カウンセリングではさらに詳しく内容を確認していきます。まず、この場面に先立つ情報を収集する形となりました。
(5)では、最初に順を追って見ていくということをS氏に了承してもらっていますが、これはこれで大切な手続きなのであります。煩雑な作業なのですが、カウンセラーは一つ一つのことについてクライアントからの了承を得た方が望ましいと私は考えています。現実には、すべてに関して了承を得るということも不可能に近いのでありますが、出来る限り了承は得た方がいいのであります。
ここで重要なことは、それがいつ起きたことなのかであります。案外、クライアントはこれを省くのであります。
(6)でS氏が答えています。その場面は前回のカウンセリングの後で起きたことであります。初回から問題になっていることですが、妻はこのカウンセリングに不服であります。従って、妻にとって納得のいかないこと、承認できないことを夫がやったその日に問題が発生したということになります。
(8)では、S氏は居間でくつろいでいて、これから寝ようかという時間であったとのことを述べております。私はこの時は何気なく聞き流していたのでしたが、これは後で重要になる情報でした。
肝心な点は、問題発生の前にS氏がどういう心的状態であったかを確認することでした。問題発生以前のS氏は、Sさんの言葉をそのまま信用すれば、その問題を惹起させるような状態にはなかったことになります。不快な感情はなく、むしろくつろいでいて、安静した感情状態であるからであります。
では、彼の妻の方はどうだったのでしょうか。問題発生以前の妻の心的状態がどのようなものであったのかが疑問になってきます。(9)で私は妻に視点を移しています。
S氏の話によれば、妻は自室で仕事をしていたとのことです。彼が帰宅してから一度も顔を合わせていないとのことであります。そして、妻が自室にこもって仕事をすることはよくあるとのことであり、S氏の方でも妻の邪魔をしないように配慮するということであります。妻の方でも日常的ともいえる活動をしていたわけですが、彼女の心的状態はわからず終いであります。
(16)でS氏は新たな情報を付加しています。その日、妻が自室で仕事をしているということをS氏は前もって分かっていたという言い回しをしています。これは実際にそうであったということなのですが、そうであれば、S氏の帰宅時に妻が不在であっても、彼はそれを予期していたわけであり、そのことで感情的に乱されることはなかったであろうと言えるわけであります。
ところで、どうしてこういうことを長々と解説しているかということを最後に触れておきたいと思います。
夫婦問題では、常に相手の方が問題を引き起こすという訴えがなされることが多いのであります。クライアントがそのように話すとカウンセラーはそれをそのまま受け入れることになるわけでありますが、そこでカウンセラーはクライアント側の味方にばかり立つという批判が相手側からなされることもあるのです。
この批判そのものは正しいかもしれません。私もクライアントのために仕事をするのであって、クライアントの言うことをそのまま信じることになるのです。でも、一方で、もう少し確かな証拠を得ようと努めるのであります。つまり、相手が問題を起こしているとクライアントが述べる場合、相手が問題を起こしているという確かな証拠を得ようとするわけであります。今回の抜粋ではそれをしているというわけであります。
彼はくつろいでおり、感情的にも安静で穏やかであったでしょう。一日を終えてもう寝ようという状態でありました。帰宅時の妻の不在もS氏には想定されていたことであり、そのことで彼が不快な感情を体験したという感じではありませんでした。もう一つ付け加えて言いますと、前回のカウンセリングでもS氏の不快な感情を引き出すようなことはなく、むしろある程度満足してと言いますか、安心してお帰りになられたと私は思っておりますので、カウンセリングから何か感情的に引きずっているものがあるとも思えないのであります。
従って、少なくとも今回の問題発生場面において、S氏の側で問題を発生させる要因となるものは見いだせないのであります。このことは、私がS氏を擁護して言っているのではなく、上記のように、そう言える証拠が揃っているからなのであります。カウンセリングのこの抜粋部分では、その作業をしているわけであります。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)