#013-12>浮気のケース研究~P夫人(7) 

 

(P夫人に関して) 

 最後にP夫人のことについて考えてみましょう。とはいっても、彼女のことに関して知っていることは限られていますので、その範囲内で述べようと思います。 

 彼女は職に就いています。どういう職種であるのか具体的には聴いていないのですが、それなりに仕事もできるようであります。人間関係などでも特に問題になるようなことはなかったようであります。要するに、仕事に関しては十分適応できているようでありました。 

 彼女の家族関係もよく分からず終いでした。でも、あまり大きな問題を抱えている家族でもなさそうでありました。父親がアル中とか、借金苦であるとかいうわけでもなく、母親が性格的に偏っているとかいうこともなく、また、家庭内の暴力とかいったことにも無縁であったようであります。一つ屋根の下で長年一緒に暮らすわけですから、その間には家庭内でいざこざがあったり、関係がもつれたりすることもあったでしょうが、何か尾を引いているものがあるとかいうこともなさそうでした。 

 もっとも、そういう経験をしていても、P夫人が私の前ではそういうものを出さないようにしていたという可能性も否定できないのでありますが、その場合でも、抑圧できるものはしっかり抑圧できているという印象を受けます。 

 彼女のことで私が気にかかっていたことは、彼女に対する周囲の人の反応でした。彼女のことで私は最初にそれが気になったのでした。彼女は夫が浮気をしているようだと、自分の疑惑を母親や友人に伝えたのでしたが、彼女の話から判断する限り、どうも彼女の訴えは真剣に取り合ってもらえていないようでありました。悪く言えば、母親も友人も彼女のことを軽くあしらっているような感じを受けるのです。どうして彼女は真剣になってもらえないのだろう、それが私にとって一番の疑問でした。 

 彼女のために申し添えておくのですが、決して彼女は人から嫌われているわけではありません。むしろ好かれているくらいであります。ただ、極端に嫌われることもなければ、極端に好かれることもない、あるいは、拒絶されることもないけれど受け入れられることもないといった、そういう印象を私は受けています。この辺りに彼女の抱えている苦悩がありそうな気がしていました。 

 何となく私の中で腑に落ちたのは、最終回のカウンセリングでのことでした。夫の浮気が確定したので、これからはP夫人自身のことについて話し合えると意気込んでいた矢先にカウンセリングの終結を申し込まれたのでした。これからだという時に彼女の方から終わりを告げてきたわけです。周囲の人も同じような場面を経験しているのかもしれないと私は思いました。 

 彼女に対して、こちらが真剣になろうとした矢先に、彼女の方からそれを断るといた場面があったかもしれません。そのため、彼女のために「真剣になるだけ無駄だ」といった気持ちが周囲の人には生まれてくるかもしれません。 

 そうなると、彼女の人間関係というのは、悪くはないけれど、それほど良くもないといった感じになるのかもしれません。何て言いますか、薄い人間関係ばかりのような気がしてきます。夫との関係もそうであったのかもしれません。 

 

(孤独を隠す) 

 彼女はカウンセリングを楽しいものとして経験していました。これはウソではないと私は思います。少なくとも、彼女の疑惑について、それを話せる場所であり、それに付き合う相手がいることになりますので、彼女としては嬉しかった部分もあったと思います。 

 彼女が夫の浮気の証拠を探している時というのは、彼女にとってどういう生活だったでしょう。彼女の中では夫の浮気は確実なものでありました。それを信じてもらうには確かな証拠を求められています。そういう背景があるとはいえ、彼女はどうしてあそこまで証拠探しに熱心だったのでしょう。 

 それを考えると私も暗い気持ちに襲われてきます。結局、それに熱心になるしかなかったのだと私は思います。 

 夫は仕事を理由に遅くに帰宅します。彼の父や上司からは彼がそうなることを容認するように彼女は求められています。毎晩夫の帰宅が遅くなっても彼女はそれを許容するしかなかったわけであります。私が知り得た限りでは、義父も上司も、彼女に容認を求めるだけ求めて、その後に何かフォローがあったわけでもないようでした。  

 つまり、彼女は夫の帰宅が遅くなることの容認だけ求められて、あとは置いてきぼりになっているように私には感じられました。加えて、夫の浮気の疑惑があります。夫は帰宅が遅くなってもいいのを(言葉は悪いかもしれないけど)利用して、他の女性と交際しています。帰宅が遅くなるのは容認したけれど、夫の浮気までは容認していないのであるから、彼女としては非常に腹立たしいことだったかもしれません。夫の帰宅が遅くなるのを何のために耐えているのか、彼女にはその意味が見いだせないかもしれません。 

 彼女はそうした怒りを抑えているのかもしれません。でも、周囲の人は彼女のその姿を見て「彼女には何を言っても大丈夫だ」というふうに、あるいは「彼女は放っておいても大丈夫だ」というふうに解釈してしまうのかもしれません。この辺り、彼女がなかなか真剣になってもらえないことの一因があるようにも感じます。 

 私は彼女が孤独であったと思っています。深夜になるまで帰宅しない夫を待ちながら、家で独りで過ごすのです。夫の浮気証拠を探すことでその時間は費やされているようです。それをしていないと、彼女としては、自分が孤独であることを見てしまうのでしょう。自分が孤独であることを見ないためにも、彼女は何かをしている必要があったのでしょう。証拠探しにあれだけ熱心になるのも当然であったかもしれません。 

 そうであるから、カウンセリングに来るのを楽しいと感じたのでしょう。仕事が終わっていつ帰るか分からない夫のために帰宅するよりも、カウンセリングに寄る方が楽しかったことでしょう。そして、ここでは、一応、曲がりなりにも彼女の疑惑を話し合える相手がいるわけなので、彼女がここへ来るのは楽しいと言うのは事実そうであるように思います。 

 彼女は自分が孤独であるのを見るのが辛かったのではないかと思います。苦しいものが自分の中にあるために、自分との接点を最小限にしなければいられないのかもしれません。彼女は外的な出来事に対しては強さを持っていても、内的な事象に対しては脆いと感じていたかもしれません。風水に凝ることも、それが自分の内的な事柄の肩代わりをしてくれるからであるかもしれません。この結婚も彼女の内面を疎かにしたものであったように私は感じています。夫の浮気の疑惑が浮上しても、彼女はどうしていいか分からなかったことでしょうし、どんな感情を経験したのかも分からなかったかもしれません。 

 彼女のことに関してはまだまだ考えられることもあるのですが、これくらいにしておきましょう。 

 P夫人との最後の面接をしてから何年にもなります。この孤独な女性がどこかで幸せになっていることを願って筆を置こうと思います。 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

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