<#004-19>見立てと予測(6)~転移の諸相
クライアント並びにカウンセリングへの見立てと予測のためにはクライアントに関する情報が必要であり、それらはクライアントが見せる言動や振る舞いからも多くが得られるものであります。ここまで、電話での応答、来談時の振舞い、服装や身なり、面接申込用紙の記入場面、録音の許可を得る場面と見てきました。ここからカウンセリングが始まっていくのですが、以後もクライアントはさまざまな「情報」(あるいは「サイン」と言ってもいいかもしれません)を見せてくれるものであります。それらは見立てと予測の確定並びに修正に役立つものであります。ただ、個々の場面を取り上げていくと非常に煩雑になるので、最後にもう一点だけ取り上げて、私は論を進めていこうと思います。
クライアントは私にどういう感情を抱くでしょうか。これはクライアントが私にどういう種類の、あるいはどういう性質の「転移」を起こすだろうかということであります。
転移(感情転移)とは、精神分析の用語でありまして、その人にとって重要な他者の象を臨床家に無意識的に投影することであります。重要な他者というのは、いい意味でも悪い意味でも、その人にとって心的エネルギーが過度に注がれている対象であります。過剰にリビドーが備給されている対象ということであります。
感情転移というのは、たいていの場合、その人の家族経験に基づくものであり、家族成員を取って「父親転移」「母親転移」「同胞転移」さらには「子転移」などを区別することができます。この転移の性質によって、クライアントの関係の持ち方が影響を受けることになるわけであります。だから、私が知りたいと思うのは、その人の転移がどういう種類のものであるかということであります。それが私との関係において影響を及ぼすことになるからであります。
例えば、理由もハッキリしないのにやたらと私や面接室内のことが「気になる」という人がいます。時には私の表情や顔色を窺ったり、私の個人的なことや面接室に置いてあるものなどについてやたらと質問してきたりすることがあります。このような例では、クライアントが私に「父親転移」を起こしている可能性が高いと私は考えています。
転移は私の現実の年齢や性別には無関係に生じるものです。私より年上のクライアントが私に「父親転移」を起こすこともあるのです。時には「権威」(臨床家は権威があるとみなされることがよくある)がそれに一役買うこともあります。
例えば、家庭では「暴君」のような男性クライアントが、私の前では非常に大人しく、反抗もせず、従順でありました。私からすると、彼がそこまで「暴君」であることが信じられないくらいでしたが、彼のこの態度は、彼が父親の前で示していた態度と瓜二つなのであります。彼は私よりも一回り年上だったのですが、年下の私に対して「父親転移」を起こしていたわけであります。彼の場合、私の年齢とか容姿などではなく、「権威」に対して転移が生じていただろうと私は考えています。
また、ハッキリした理由とか根拠とかもなく、私に非常に安心感を覚える人であったり、保護されている感じを体験している人は、私に対して「母親転移」を起こしている可能性が高いと私は考えています。
ある女性クライアントは私を一目みただけで「この人なら大丈夫だ」と思ったと述べたのでありますが、私に対して「母親転移」を起こしていると考えられるのであります。事実、この女性は母親に対してアンビバレントな感情を抱きながら生きてきて、母親が常に関心の対象となってきたのでした。アンビバレントの感情のうち、肯定的な感情が私に投影されて、否定的な感情は母親に向けられていて、そうしたスプリッティングが見られた人でありました。
クライアントが話をしている時、その場の中心はクライアントにあります。一方、私が言葉を挟んだり、何か説明等をしている時には、その場の中心は、一時的にではあれ、私にあることになります。実際のやりとりは両者の間で中心が移行しあうものであると思います。
ここで「中心争い」みたいなことをする人がおられるのです。私が何か話す(私がその場の中心になる)と、割り込んできたり、最後まで話させなかったりするわけであります。「場の中心」を巡る争いの様相を呈する場合、「同胞転移」(兄弟姉妹転移)が働いていると私は考えています。実際、これを頻繁にする人で兄弟葛藤の激しい男性クライアントもおられました。
私に対してやたらと世話を焼こうとしたり、気にかけたり、心配してくれたりするクライアントもおられるのですが、こういう人の中には私に対して「子供転移」を起こしている場合もあるようであります。
ある年配女性のクライアントを私は思い出します。彼女があれこれと私のことを心配してくれるので、ある時、「私はまるであなたの子供になったような気分がします」といったことを伝えたのでした。そこで初めて、彼女はずいぶん昔に息子を失ったことを打ち明けたのでした。息子さんが生きていれば、今頃、私と同じくらいの年齢になっていただろうとのことで、それが彼女の「子供転移」を促進したのだろうと私は思います。
転移の性質の見立てがつくと、どのような関係が形成されるかの予測がいくらか(完全に、とは言えないわけですが)可能になると私は考えています。
また、カウンセリングの場面では「転移」という要素が入り込んでくるのですが、その人の普段からの対人関係の持ち方などを知ることができれば、その関係様式がカウンセリング場面でも持ち込まれる可能性が高いので、見立てと予測につながることもあるのです。
もし、この人はこういう関係の持ち方をするとか、こういうパターンの人間関係が多いとか、そういうことが把握できると、今後のこの関係(カウンセラーとクライアントの関係)に関しての予測が成り立つのと同時に、私の方でも心の準備ができたり、余裕が生まれたりするのであります。
最後に私が強調しておきたいことは、私がクライアントに関する「情報」を至る所から収集しているように見えるかもしれません。細かいところまで目ざとく見つけるかのような印象を受けた方もいらっしゃるかもしれません。事実、そういうところもあるのですが、これらの情報は、カウンセリングのために活用されるものであることだけは明記しておきたいと思います。
私たちは次に「予測」ということに視点を移していこうと思います。
(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)