T6-12周囲のリソース

 

(事例)

 病歴以外に、E氏がここまで語ってきたことを述べておきましょう。

 E氏は大学卒業後、現在の会社に就職しています。就職して二年後に現在の部署に配属されました。彼に休養を許可した上司とは、その頃からの付き合いです。

 この上司は、E氏の説明によれば、仕事はそれほどバリバリとこなす方ではないけれど、面倒見が良くて、お客さんからもウケがいいということでした。この上司は、これまでもE氏に対して親身であったし、E氏の「うつ病」に対しても理解を示してくれています。

 この上司の下で、E氏は懸命に働いてきたのでした。E氏は部署内で頭角を現し、昨年、昇進もしたのでした。

 私生活においては、妻と二人の子供とで暮らしています。妻はE氏の「うつ病」をとても心配して、何かとE氏の力になってくれているようです。E氏にとってはよき理解者であるようです。

 E氏が生まれ育った家族に関しては、両親は共に健在で、今は離れて暮らしています。弟が一人あり、この弟は失業して、それ以来、両親と一緒に暮らしていますが、ほとんどひきこもりのような状態でありました。尚、E氏は自分の「うつ病」を両親には打ち明けていないと話されました。

 

(解説)

 E氏の妻や上司の話を聞いて、私は安心したのを今でも覚えています。「うつ病」者にとって、周囲に理解者や支持者がいるということはとても大切なことなのです。その人たちの存在は、「うつ病」者当人だけでなく、それを援助する側にとっても助けになるのです。

 このことは、逆に言うと、孤立している「うつ病」者には困難が伴うということです。そのような孤立している人の場合、しばしば経過がスムーズにいかず、予後が良くないということが生じるのです。

 私は過去にこんな例を経験したことがあります。ある「うつ病」と診断された男性でした。その男性は、彼が住んでいる三重県から大阪の高槻まで、車で片道四時間かけて通うとおっしゃったのです。もし、この男性が自ら車を運転して、片道四時間かけてでも通うとおっしゃられるのでしたら、私は引き受けていたでしょう。でも、お話を伺うと、車を運転するのは彼の妻なのでした。結果、私はこの男性を引き受けることを断ったのです。毎週、往復八時間かけて夫を送るということは、妻にかかる負担があまりにも大きすぎると考えたからなのです。「うつ病」の「治療」ということも大事なのですが、周囲の理解者が疲労困憊してしまうことも望ましいことではないのです。それは「うつ病」者当人にとっても不利益になると私は考えています。

 周囲の理解者、支持者は、援助者がいない場面において、「うつ病」者を見てくれる存在であり、重要なリソースなのです。こうしたリソースが枯渇してしまわないためにも、「治療者」は配慮する必要があるのです。臨床家によって考え方も異なるでしょうが、私は「病者」の周囲のリソースを守るということも「治療」の一環であるという認識をしております。

 E氏にとって、少なくともこの段階においては、彼の妻と上司が彼の理解者であることが分かりました。この人たちの存在は、いずれE氏にとって救いになるはずだと、私は信じていたのでした。

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

 

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