<T025-05>文献の中のクライアントたち(5) 

 

 文献の中で出会うクライアントたちを綴っていこう。この人たちは僕であり、あなたであったかもしれない。決して他人事として片付けてしまってはいけないと僕は思っている。彼らの経験は今を生きる僕たちにも有益な何かをもたらしてくれるはずであると、僕は信じている。 

 今回は下記の5人のクライアントを収録。Clはクライアント、thはセラピスト、カウンセラーその他臨床家を指す。( )内の文章は僕の感想やコメント等である。 

 

<cl21>Tさん 37歳女性 妄想型分裂病 

<cl22>Cさん 37歳女性 緊張型分裂病 

<cl23>B氏 41歳男性 妄想症 

<cl24>チャールズ 19歳男性 急性脳症候群 

<cl25>ゲオルグ氏 75歳男性 慢性脳症候群、初老期精神病 

 

<cl21>Tさん 37歳女性 妄想型分裂病 

 37歳のTさんは小学校の教員。校長先生と警察官により彼女は病院に連れてこられた。 

 彼女は自分のクラスの受け持ちを辞めさせられることを拒否し、激しい興奮状態を示していた。このために彼女は強制的に学校を解任されなければならなくなっていた。 

 この出来事の数週間前に、彼女は奇妙な行動を見せた。それは自分の妊娠について、学校長とPTAとの間に悪意ある企みがなされていると信じ、他の先生たちの前でも、生徒たちの集まりの前でも、彼女はその恐怖感を話したりした。 

 初回面接では、彼女は非常に慎重で用心深かった。彼女は些細な情報まで自発的に述べてくれたが、thをPTAの手先だと思い込んで、非難したりした。 

 彼女と同居していた母親の話では、彼女は以前にも奇妙な行動を取ったことがあったということだった。それは、彼女が密かに性犯罪に関する記録や新聞記事の収集をしていたことだった。 

 今回の事件の起きる一週間前に、学校長とPTAの陰謀について、彼女は母親に話していた。そして、一人で暗い部屋に閉じこもり、ブツブツと独り言を言っていたという。 

 彼女は自分の身なりに気を配らなくなっていく。その頃から自分はスパイされているのではないかといった心配をするようになる。事件の当日、彼女は胃の中の声に導かれて学校に行ったということであった。 

 入院後も彼女の妄想には激しいものがあり、しばしば他の患者に対して暴力を振るった。幻覚体験にも襲われるようになっていた。3ヵ月後には感情の爆発などの徴候は軽減していたが、中心となる症状や問題はそのままの状態で残っていた。 

(詳しいことは分からないけど、この女性は妊娠しているのだろうか、そうであるとすれば、この性的経験が彼女をひどく圧倒しているようである。性犯罪記事を収集するなど、この性経験を彼女は「悪」として捉えているようにも思う。いずれにしても、性に関する問題をこの人は抱えてきたのかもしれない) 

 

<cl22>Cさん 37歳女性 緊張型分裂病 

 37歳のCさんは会計事務員だった。約一週間にわたる奇妙な行動のために、彼女は姉妹によって病院に連れて来られた。 

 彼女は占星学や数占いに心を奪われるようになっていて、運命や信仰におぼれるまでになっていた。入院する一週間前には、彼女は食べることも寝ることも拒否するようになっていた。腕を伸ばし、無言で、ボンヤリと焦点の合わない目を遠くに向けて、混迷状態で立ちすくんでいる彼女を、仕事から帰宅した姉妹が発見し、病院に連れてこられた次第であった。 

 彼女は普段から内気であり、一人でいることを好み、何かに心を奪われているようであったこと、そして、滅多に外出せず、デートを楽しんだこともなかったようである、彼女はいつでも読書で大半の時間を過ごしていた。彼女の読んでいた本のほとんどがオカルト関係のものや占星術に関するものだった。 

 入院3ヵ月後、彼女の徴候は治まってきたが、反抗的な態度やオカルト的なものに心を奪われる傾向は残っていた。さらに薬物療法を受け、その一ヵ月後に彼女は退院した。 

(オカルトや占星術、数占いなどに凝っていたことは「病的幾何学主義」の現われであったかもしれない。何か神秘的な経験をしていた可能性も考えられそうである。そうした経験により、彼女はそれらのジャンルに魅せられることになったのかもしれない。主体性はかなり損なわれてしまって、おそらく感情鈍麻がかなり進行していただろうと思う。会計の仕事を選んでいることもそれに関係があるように僕は思った。つまり感情要素を抜きにして可能な仕事を選んでいたかもしれないということである。 

 

<cl23>B氏 41歳男性 妄想症 

 41歳のB氏は、最近、建設工事の現場監督を解雇され、15年間連れ添った妻とも離婚してしまった。 

 彼は自分が妻から毒殺されると信じて、家を飛び出した。ある朝、食事の味がいつもと違うことに気づき、妻が自分を毒殺しようとしている計画を見抜いたという。そして、彼はパニック状態に陥り、困惑のあまり家を飛び出した。 

 家を飛び出した後、怪しい男が尾行していることに彼は気づいた。尾行者は巧みに自動車を換えてつけてきたという。 

 彼は、その後、レストランに入る。タバコを一箱買う。自動販売機から出てきたタバコをよく見ると、包装のセロファンがしわになっていることに彼は気づいた。彼は「このタバコは誰かが以前に開封しているものだ。きっと薬が混入されている」と信じ、「ウエイトレスも陰謀者たちの一味だ」と思い込んだのである。 

 それ以後の彼は、自分の周囲の人々に関して克明に調査を始めた。その調査結果を彼はFBIに報告した。しかし、FBIは彼が疑惑を向けている人たちの逮捕を拒んだ。彼は憤然として、自らの手でこの陰謀を叩き潰そうと考えた。彼は自動車の中でダイナマイトを積んでいるところを保護され、病院に入院することになった。 

 入院してからも、彼は自分に対する陰謀のことを分かってもらおうと努力する。しかし、周囲の誰もその陰謀のことを信じようとしないことが分かると、彼は怒りの感情を表し、ふてくされた態度を示した。入院してからの彼の言動は、すべて彼の妄想と関連するものばかりであった。 

 入院から数週間後、B氏の弟が面会に来た。陰謀が企てられているというB氏の妄想的信念について尋ねると、弟はそれに気づいていたと答えた。「兄はあの女性に悩まされていましたが、まさか他の人々までが彼女を援助し、共謀していたとは知りませんでした」と話した。この面会により、弟から母親に至るまで、B氏の妄想的信念が共有されていたことが判明したのであった。 

(この男性はそれ以前から妻に対するある種の感情、疑惑とか困惑といった感情を有していたようである。家族はそれを知っており、共有してきたらしい。騒動のきっかけは朝食の味がいつもと違ったということであるが、食材が痛んでいたとか味付けが変わったとか調理で失敗をしたとか、そういった他の可能性が考慮されることなく、毒殺の疑惑に一気に辿り着いてしまうところが特徴的だと思った。論理性が失われているのだ。つまり、高次の思考・認知活動が損なわれて、低次の活動が前面に現れているのだ。それは彼が現場監督から下ろされたことも関係していると僕は思う。この事件以前からすでにそれが見られ、周囲の人は分かっていたのだと思う。また、その後の彼の言動を見ても、そこには論理がなく、思い込みや感じに支配されていることが窺われる) 

 

<cl24>チャールズ 19歳男性 急性脳症候群 

 大学を中退した19歳のチャールズは、混迷状態で裏通りに倒れているところを発見された。服装は乱れ、傷だらけだった。どのくらいそこで倒れていたか、どうしてその場所に行ったのか、彼の記憶は欠損していた。 

 入院してからも、彼は非常に怯えていた。看護人の名前を大声で呼んだり、宗教的な文句を唱えたりした。みんなが自分を殺しにくるとか、体から生気が流出していくといった訴えをする。6階の窓から飛び降りようとして、看護人に取り押さえられたこともあった。彼のそうした乱暴な行為のために、身体的検査を行うことが困難であった。 

 鎮静剤の効用があって、落ち着きを取り戻していくも、彼の見当識障害、記憶障害はそのまま残った。 

 チャールズの同居人は、彼が失踪する前にLSDを常用するようになっていたこと、また、彼が扱っている塗料の中には多量の鉛が使用されていたことを報告する。 

 調べてみると、彼は鉛中毒に十分な鉛を摂取していたことが分かった。 

 彼は治療を続ける。いくつかのフラッシュバックが生じるだけで、その他の徴候はほとんど消失した。退院後も、彼は自分の意思で外来治療を受けるようになった。 

(薬物性、中毒性の症状ということになるのだろうけど、彼が大学を中退していること、ドラッグをやっていたことなどから察するに、人生が上手く行っていなかっただろうと思う。そのこともまた治療のテーマとなる) 

 

<cl25>ゲオルグ氏 75歳男性 慢性脳症候群、初老期精神病 

 優秀な鉱山技師であったゲオルグ氏は、「自宅では面倒をみきれない」という妻によって病院へ入院させられた。最近の彼がまったく自制心を喪失してしまっていたためであった。 

 10年前に退職してから、彼は自宅近くで仕事をしたり、土地を貸したりして生計を立てていた。しかし、最近になって、社会的に受け入れられない行動が目立ち始めた。例えば、自宅近所を裸で歩き回ったり、子供に暴行を加えようとしたりしたことがあった、 

 入院の二週間前には、新聞の事件記事を読んで、彼は大いに狼狽し、役人や新聞記者に「もし、この事件が解決しなかったら、皆を殺すぞ」などと脅迫の電話をかけた。 

 妻は、こうした彼の行動を非常に心配し、勤めにも出ず、自宅に留まって彼の面倒をみなくてはならなくなった。ある晩、家を抜け出そうとする彼を妻が咎めると、彼はナイフを持って彼女を脅かしたのだった。 

 病院に連れてこられた彼は激しく怒り、椅子を振り上げて医師を脅したり、種々の検査や治療の一切を拒否した。病院での彼の行動は、知的機能の損傷と最近の事柄に関する記憶欠損が認められた。 

 自宅療養が可能になるまで、2週間ほど、彼は入院することになった。 

(論理性とか社会性とか道徳性とか、そうした高次機能が犯されているという印象を受ける。その代わり、低次機能が前面に出ることになっている。そこでは感情がむき出しに表出され、抑制が効かない。周囲の他者や世界と自身との関係づけはかなり歪曲しており、過剰に関連づけられたり、攻撃的に関係づけられたりしているようである) 

 

<テキスト> 

『異常心理学』(J・N・ブッチャー)福村出版 より 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

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