<自己対話編―2> 平成24年6月2日 

 

<対話> 

C:昨日一回目をやって、それから一日おきくらいに続けていこうかと思っていたのだけど、夕べは早く2回目をやりたいという気持ちに襲われて、それで二日続けてになるけれど、今日も書こうと思った。それに回を重ねる方がこのやりかたにも慣れるからいいだろうとも思う。できる時にやって、できない時は諦めるくらいの気持ちで行こうかなと思っている。今生活が不規則なので、どうしてもそういうやり方になってしまう。その辺りはもっと自由に考えてもいいのではないかと思うようになった。(1) 

T:早く二回目をやりたいと思って、間隔は自由にしてもいいではないかと思っている。昨日の何が良かったのだろう。(2) 

C:それが自分でもよく把握できていない。終わった時は何となくこんな感じかくらいだったのだけど、夜になって、何か良かったと思えるようなものがあったのだろうと思うのだけど、これは自分にとって価値のある活動ではないかと思えるようになったのだ。僕には聴き手がいない。今の所、僕のことを話せる人が誰もいない。Yさんには負担が大きすぎる。そのYさんとのことも今悩んでいることの一つだ。(3) 

T:Yさんのことで何を悩んでいるのか。(4) 

C:うーん・・・これもうまく言えないのだ。云いたいことがうまく言えないということが最近は多くなったように思う。言葉や文章がスムーズに出て来なくて、何か制止されてる感じがする時もあるんだ。Yさんのことだけど、僕はこの関係はいずれ終わるだろうと思う。それは僕が悲観的に考えているからではなくて、そう思う根拠があるんだ。彼女が僕を必要としているのは、彼女が不安だからだ。不安に耐えられない、不安を抱えることが困難な人なんだ、Yさんという人は。だからもし、彼女が不安を抱えるだけの強さを身に付けていけば、彼女は僕のことを今ほど必要とは思わなくなるだろうと、そう考えている。(5) 

T:不安な人が藁にも縋り付くようにあなたに縋り付いている感じがしている。(6) 

C:そうなんだ。だからだと思う。僕は彼女から愛されているという感じがどうしてもしないんだ。以前の女性友達、この人のことをMさんと呼ぼう、Mさんとの関係では、僕は自分がすごく愛されているという感じを体験した。それも短期間で終わったのだけど、たとえ短い間であれ、僕は自分が愛されているということですごく満たされたんだ。Yさんとの間ではそのようなことを体験していない。もちろん、MさんとYさんとはまったく違った人だし、相手が違えばその関係も違ってくるだろうということは理解できるのだけど。こういう話を聴くと、Yさんはショックを受けるかもしれないな。だから彼女にはそういうことは言わないでいる。(7) 

T:あなたはMさんとの間で体験したような、自分が満たされるという体験をもう一度したいのですね。(8) 

C:そうなんだ。その時、僕は自分が孤独ではない、孤立した人間ではないということを実感するんだ。そして、僕が無視され、虐げられ、嫌われる人間ではないということを、身を持って実感するんだ。(9) 

T:あなたが恐れているのはそれなんですね。無視され、虐げられ、嫌われてしまう人間になってしまうということ。(10) 

C:それがとても怖い。そういうものがなければ、僕は孤独でもまったく大丈夫なんだ。中学一年生の時に、密かに好きだった女の子がいた。同じクラスの女の子だ。中学校というのは変な行事がいっぱいあるものではないかと思う。何の行事だったか、フォークダンスをするというのがあった。ああいう時、女子はすぐに列を作るものなんだ。男子の方がだらだらとして列を作ろうとしないものだ。それを利用して、僕は彼女の横に並ぼうと密かに計算していた。先生が業を煮やして男子たちを並ばせる。僕は極めて自然に見えるように、彼女の横に並んだ。うまくタイミングを見計らって、偶然そうなったように見せかけたんだ。彼女の横に並んだ、つまりダンスのパートナーになったわけだ。彼女の方は前後の友達をお喋りしている。自分の相手が僕だと言うことは気づいていない。そこで先生が号令をかけて、相手と向き合いなさいなどと言うのだ。パートナーが僕であるということを知った途端、彼女は悲鳴を上げたね。僕のことがよっぽどイヤだったらしい。前後の友達が「そんなことを言うもんじゃないよ」と彼女を宥めたので、彼女も諦めたようだ。そして手をつなぐ。僕としては好きな人に触れる瞬間だ。でも彼女は汚いものでも持つように僕の手を握ったね。手を握ったと言うよりも、僕の指先をつまんだという方がより正確なんだけど。この体験は僕には物凄くショックなものだったんだ。後日、大人になって、こういうことを経験したと何人かの友人に話したことがある。友達たちの多くは、それくらいなんてこともないとか、俺もそういう経験があるとかいうだけのことだ。でも、きっと彼らが体験したことと、僕が体験したこととは全く意味が違うと思う。僕の方は、僕が死ぬほど恐れている状況が現実になったかのような体験だったんだ。それがどれくらい脅威となるか、友達は理解できなかったんだ。(11) 

T:拒絶される自分が実現してしまったということだね。(12) 

C:それまでは拒絶されるかもしれないとか、拒絶されたらどうしようとか、そういう不安だった。不安は必ずしも現実ではない。でも、拒絶されるかもしれないということから、拒絶されてしまったという体験に移って行くことは、僕のもっと根幹の部分に影響するんだ。僕にとっては笑い話ではなかったし、よくある話だとして済ますことができなかったんだ。恐れていた空想が現実化したのではないか、こういう体験は本当に怖いと思った。(13) 

T:あなたはそれほど拒絶されるということを恐れていたんですね。(14) 

C:僕は自分が愛される人間だとは少しも思えていなかった。でも、もしかしたら愛されるかもしれないというような期待を同時に持っていたかもしれない。もし、そのどちらかだったらそれほど不安にならなかったかもしれない。あれだけ不安に思い、恐れていたのだから、僕はそっちの期待の方も実はあったのではないかと思うんだ。僕がなぜそんなことを恐れるようになったかということも述べたいとは思う。でも、今はそんな気分になれない。(15) 

T:そんな気分になれないというのは。(16) 

C:それを話そうと思うと、僕の苦しかった子供時代を話さなければならなくなるからだ。話すのは構わない。ただ、今はそういう気分になれないということなんだ。僕の子供時代は、いや、子供時代に限らず、その後の人生も、僕の生活は「心の病」との格闘だったんだ。子供時代はそれが特にひどかった。僕は40年の人生で死ぬほど苦しんだ時期が二回ある。一回目が子供時代で、小学校三年までの時代だ。二回目は僕が大学生の頃で、20歳から21歳が特にそのピークだった。僕が自分で理解している限りでは、この二回は同じものだったんだ。一回目をきちんと処理できていなかったから二回目が生じたんだ。その間の時期というのは、潜伏期のようなもので、小学4年生頃から僕は空想をよくするようになったのだけど、その空想が助けになっていただけのことだ。空想がなければきっとそのまま「病」を表し続けていただろうと思う。僕にはそうして空想癖がついていったのだけれど、高校生から大学生の頃、その空想を小説にしてみようと考えた。それで物語を作って、ノートに綴って行った。今でも筋は覚えている。主人公は当時の僕と同年代の女性なんだ。高校生から大学生くらいの年代の女性なんだ。彼女は人生に絶望し、生活に退屈している。今日も行く当てもなく町を彷徨っている。ある時、彼女は地下の世界に落とし込まれる。どんな場面だったかは覚えていないけれど、洋服の試着室とかトイレとか、そういう個室に入った時に、突然地面に穴があいて、彼女は深淵に落ち込んでいくんだ。地下に落ちたけれど、痛みを彼女は感じなかった。暗い地下世界なのだけれど、なぜか彼女には周りの物がよく見えるんだ。洞窟の中のようで、周囲は岩だらけで、空洞が続いている。そこに一人の男性が現れる。この男性も僕と同年代の設定だった。彼は戦時中に地下に落とされたのだった。この地下世界だけど、ここでは時間の流れがないということになっている。ちょうどフィルムの一コマの中で生きているようなものだ。彼は長い年月地下世界で暮らしてきて、そこがどういう世界であるかということを知っている。それは地上の世界で役に立たない人間が落とされてしまう世界なのだということなのだ。彼は彼女を連れて地下世界を案内する。酔いつぶれた男がいた。彼も落とされたのだ。世界から不要な人間として消されたのだった。落とされた時に酔いつぶれていたので、そのまま酔いつぶれているしかなかった。なぜなら時間が動いていないからだ。時間が動かないということは、その状態がずっと維持されていくということなのだ。彼はそのことを彼女に証明する。彼は鋭い石を拾って自分の腕を切り裂く。肉は裂けたと思う間に閉じていく。一滴の血も流れず、傷跡も残らない。落下した時、彼女が痛みを感じなかったのもそのためなのだ。地下世界には他にも何人かの不要な人間たちが落とされていた。彼らはみな上の世界では役立たずの人間で、「人間のクズ」なのだ。落とされても尚、不要な人間の姿のままで生きていかなければならなかったのだ。地下世界での生活が続く。彼女は彼がいればそれだけで安心だった。彼の方も、彼女くらいの年齢の恋人がいたということを話す。恋人と別れるのがいやだということで、彼は徴兵を逃れようとしたのだ。逃避している最中に地下世界に落とされたのだということを話す。こうして二人は一緒に地下世界で暮らすのだけど、彼女の方が地上に上がりたいと思うようになってくる。そこである時、彼女は自分が呼吸しているということに気づく。もし呼吸しているのであれば、どこかから空気が入って来ているはずだということだ。そこはきっと外に通じているはずではないかと彼女は考える。二人は空気の流れを追っていく。風上に向かって歩き始める。行き着いた先は断崖絶壁だった。岩の壁の上部から空気が流れていくということを突き止めた二人は、何とかしてここを登ろうと相談する。どうやって登って行ったかは覚えていないな。地下世界に落とされた人たちの持ち物をうまく使って登ったということにしたような記憶がある。落とされた人の中に、大工がいて、ポケットに釘を持っていたとか、ベルトや靴ひもなんかを使って、岩肌に釘を打ち、足場を作り、ベルトで体を支えながら登ったとか、何かそんな風にしたのではなかったかな。二人はそうして何度も落ちながら、挑戦していく。落ちても当然怪我はしない。何度目かの挑戦でかなり上の方まで登ることができた。頂上まであとわずかという所で、突然光が現れ、何者かの力で、二人は地下へ叩き落されてしまうのだ。彼女はここからは出られないということを自覚する。その一方で、この男性と一緒にいるということで救いを感じている。そういう筋書きだった。でも、これを書きあげて、読み直してみると、とても読めた代物ではなかった。何度か書きなおしてみたけれど、文章の拙さだけは隠しようがなかった。僕は自分の文才のなさに嫌気がさしたね。自分に物凄く絶望した感じがした。それで書いた原稿はすべて処分して、物を書くという可能性を一切放棄してしまったくらいなんだ。(17) 

T:でも、それが当時のあなたが空想していたことの一つでもあるんですね。(18) 

C:そう、そういうことばかり空想していた。くだらないSFまがいの物語だ。(19) 

T:今、その物語を再現してどう感じていますか。(20) 

C:当時の僕の心境がよく現れているなあという感じはする。僕は地下世界に落とされるような不要な人間に同一視していたんだなあと思う。そして、そういう形で、一つの疎外、拒絶を表現していたのだなあとも思う。地下というのがまた象徴的だなという感じもする。この地下には地上に住むことのできない、地上の世界では無用な人間たちの世界となっていて、両者は完全に切り離されているなあということも感じる。上と下とで疎通性がないという感じではないかな。(21) 

T:そして、そのどちらかでしか生きられないということ(22) 

C:そうだね。行き来することができないんだ。落ちたら落ちたでそこで一生留まり続けることになるという設定だったから。幽閉されて生きるようなものだ。(23) 

T:それがあなたの生きている世界でしたか。(24) 

C:確かにいろんなことに囚われていて、僕には自由がなかったかもしれない。一見自由に振舞っているように見えて、その実、何の目的も目標もなく、生きるに値する何かのために行動しているのではなかった。地下世界に落とされたようなものだ。そして、そういう世界があったらなあという思いもあったのかもしれない。(25) 

T:そこでなら生きていける。(26) 

C:生きていく場所が彼らには与えられたことになる。地下世界にはそういう意味もあるかと思う。地上では彼らは生きていけなかった。地上で生きていけない、役立たずの不要なクズのような人間でも、生きることが許される場所があるということだったのかもしれない。僕が望んでいたのはそういう世界だったのかもしれない。拒絶されても尚、生きていける場、存在が許されるという場を僕は求めていたのかもしれない。これは一つの発見だ。(27) 

T:拒絶された人でも受け入れてくれる世界がある、そう信じたかったのですね。(28) 

C:そう、それが僕の願望だったように思う。こんな自分でも生きていける世界が欲しいということだったのかもしれない。(29) 

T:それだけ現実の世界は拒絶に満ち溢れていたということでもあるのかな。(30) 

C:当時の僕はそう感じていたのを覚えている。(31) 

T:そろそろ時間が来たので、今回はここまでにしておきましょう。(32) 

 

<Cとしての感想> 

 空想の話は意外だった。特に物語を見ていくと、そこから思ってもみなかったものが見えてきたのが驚きだった。ただ、もっといろんなことを述べたかったという思いがある。時間が足りないという感じがしている。そういう意味では不完全燃焼な感じがしている。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

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