<T010-19>夢の旅(19)
(夢86)「止まらずに走り続ける夢」
(夢87)「足にできた疣の夢」
(夢88)「バイト仲間と一緒に過ごす夢」
(夢89)「仲間を追い出す夢」
(夢90)「Eさんと共有する夢」
5月17日
(夢86)「止まらずに走り続ける夢」
どういういきさつがあったのか、私は運動着を身に着け、街中をジョギングしている。通りが目の前に真っ直ぐ伸びていて、そこの曲がり角まで走ろうと決める。そこに達して、曲がり角を曲がると、また目の前に道が伸びている。今度は向こうの角まで走ろうと決める。そこに達して、その角を曲がると、また目の前に道が伸びている。向こうの交差点まで走ろうと決める。こうして延々と走り続ける。
(連想と感想)
運動着と書いたのは、それが体操服のようでもあり、ランニングのユニフォームのようでもあって、はっきりしていないからである。走っている場所は、かつて私が通っていた大学の周辺であったり、よく通った道だったりする。走っているのは、特に誰かに強制されているという感じではなく、私が好きで走っているという感じだった。ゴールはなく、ただ目の前に見える所まで走ろうと決めて走り、そこに到着すると、まだ体力的に余裕があるから今度はあそこまで走ろうと決めて、走っている感じだった。
最近、やりたいと思っていることが二つあって、一つはもう一度走りたいということであり、もう一つは自分に馴染みのある場所や思い出の場所をもう一度訪れたいということである。夢では、どこかその二つを同時にやっているという感じであった。
夢の中の私の走り方というのは、どこか現実の私の今の仕事の仕方に近いものを感じる。5月は一日も休まないという課題を自分自身に、特に理由もなく、課している。脅威一日終わると、明日の予定を見ては、もう一日だけ頑張ろうと決めている。
夢の中でも、現実の仕事でも、休もうとは思わないでいる。これが精神的に望ましいかどうかはともかくとして、私がそうしたいからしているのであって、どこか自分自身の行動指針を自分で決定しているという実感も得られている。ただ、近くの目的地は設定できても、遠くの目的地は見えていないのだと思う。
5月19日
(夢87)「足にできた疣の夢」
ずっと歩いていたが、足に違和感があるので、ズボンをまくってみると、足全体に疣のようなものがいくつもできていた。気持ちが悪い感じがあったが、触ってみると、それらはあっけなく剥がれ落ちていき、元の足に戻った。
(連想と感想)
朝、起きた時に足がしびれていた。それが夢にも一部現れていたように思う。また足が悪くなるのかなという心配もあった。(事実、約一か月後に足の持病が出たので、どこか予言的なところのある夢でもあったように思う)
表面的にはグロテスクなものであっても、案外簡単に剥がれ落とすことができるということであり、やってみればうまく対処できるものもあるのかもしれない。
5月20日
(夢88)「バイト仲間と一緒に過ごす夢」
小さな建物だった。それは倉庫のようでもあり、工場のようでもあり、宿泊所のようでもあったが、その中に私がいる。
男性と女性が一人ずつ現れて、どういうわけか私たちは三人で「川」の字になって寝る。女性が真ん中だった。
その後、Y君が、これもどういうわけか、冷凍の魚(それもマグロのように大きい魚)を投げて滑らせる練習を廊下でしている。
休憩室のような所に入ると、かつてスーパーでバイトしていた頃の面々が集まって談笑している。私もその中に加わった。
(連想と感想)
以前のバイト仲間が出てくる夢だった。Y君というのは、アメフトをしていてとても筋肉質な男子大学生だった。彼とは仲が良く、一緒に仕事をするのが楽しみだった。彼が、なぜか、冷凍の魚を投げる練習をしているのだけど、それはいかにも彼らしい感じがあった。一見、無意味なようなことでも、どこか懸命にやろうとするところのある人だった。ただ、私から見ると、それがなんの役に立つのか、訳が分からないという感じだった。
男性と女性とは見知らぬ人たちだった。女性を真ん中に挟まなければ男性とは近づけないというような恐怖感のようなものがあった。トラブルなどが起きないのはこの女性のおかげであるという印象が残っている。それは私の家族関係だったかもしれない。母親を間に挟まないと、父や兄とは関われなかったという思い出が呼び覚まされるかのようである。
5月22日
(夢89)「仲間を追い出す夢」
マンションかアパートのような場所。コンクリートの、飾り気もなく、殺風景な内装だった。私たちは呑み仲間数人で集まっている。ある部屋に勝手に入って、仲間の一人が酔っ払い、そこで寝込んでしまう。私はその人を起こして、出ようとするが、彼は起きなかった。
この中には、確か私の部屋(スペース)があるはずだということを思い出す。そこにみんなを集めればいいのだと考えた。しかし、その場所は、大体の位置は覚えているはずだったのだけれど、いざそこに行くと、まったく間違っていた。そこは研修室だったり、何かを作っている部屋だったりした。私は自分の部屋に行きたいと思っていたのに、どうしてもそこに行くことができない。その間にも、仲間連中は好き勝手なことをやっている。私はついに怒って、彼らを建物から追い出した。彼らは追い出されても戻ってくる。私は戻ってきても中に入れないようにした。
(連想と感想)
前回の夢からして、既に私と仲間たちとの間にはどこか断絶があった。ここではそれが一層明らかになっている。私は彼らを追い出そうとしている。それは私の過去の一時期、彼らと関わりのあった時期を追い出そうとしていることに通じているのかもしれない。彼らが勝手に他所の部屋に入って、寝てしまい、起こしても起きないというのは、私が彼らとの間で経験する焦燥感を思い出させる。彼らとの現実の関係においても、彼らが自分勝手に行動して、まとまらないと思うことが度々あった。
ここには自分の場所があるはずなのだけれど、どうしてもそこに辿り着けない。彼らとの関係において、確かにあったはずなのに、今では失われているものかもしれない。彼らが私とは無縁になってしまったように、彼らにしても私は無縁な存在になってしまっている。まだ、自分が彼らの中に居るなどと思いこまない方がいいということだろうか。
しかし、追い出そうとしているのは、夢では私の方である。今は当時とはかけ離れた生活をしている。私がその当時の過去を切り捨てようとしている、そういう部分もあるかもしれない。
5月23日
(夢90)「Eさんと共有する夢」
居酒屋で働くEさんが出てくる。彼女の予定表を見せてくれる。ぎっしりと書き込まれた予定表から、彼女が相当忙しいのだなと思った。その予定表の中で、私が行く店や場所の名前があるのを見つけて、彼女も私と同じ所に行くのだと知って、嬉しい気持ちになった。
(連想と感想)
Eさんは僕の職場近くの居酒屋さんで働く女性店員である。最近、私が行くと、彼女の方からいろいろ声をかけてきたり、話しかけてくれたりする。独りで呑みにいく私にとっては、話し相手になってくれるたいへんありがたい存在である。
この夢の前日にも、その店でEさんと会ったのだけれど、どうも私が余計なことを言ってしまったのではないかと、心配でならなかった。そうして、Eさんのことで気になることがあったので、夢に現れたという一面もあるのだろう。
夢では、私がよく訪れる場所に彼女も行っているようだと知って、嬉しい気持ちになっている。どこか共有されているものがあるように感じられたからである。
<週を終えて>
(夢86)では走り続け、(夢87)ではその足に疣ができる。そういう形で走ることは、長続きしないということを夢が教えてくれているようだ。
(夢88)からは、私と仲間、友達との関係がメインになっていくようである。(夢88)では、仲間は登場するものの、特に何か関わりを持っているという感じではなかったが、(夢89)では、明らかに仲間は邪魔者になっていて、私は彼らを追い出そうとしている。一方、(夢90)で登場するEさんは現在の友達関係であるので、過去の交友関係よりも現在のことの方に関心が強くなっているようにも感じる。また、過去の友達関係と現在のそれとの間には相当な違いがあるようにも私には感じられている。過去の方を早く追い出したいという感じも確かにある。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)