9月18日:ミステリバカにクスリなし~『旅と推理小説(昭38年5月号)』2

9月18日(火)ミステリバカにクスリなし~『旅と推理小説(昭和38年5月号)』

 まずは小説以外の読み物を取り上げておこう。

「東西“シタバキ”沿革史」(高橋鐵)

 性心理学の高橋鐵先生の論文が毎回収録されているのが本誌の魅力だ。ここでは「シタバキ」、つまり「下着」、それも女性の下着を取り上げる。

 女性の下着は、性器を隠すためではなく、そこに男たちの視線をひきつけるためだ、という説はごもっともである。襦袢から見えるチラリズムが本来のエロということであるらしい。赤は性を連想させる色、性的興奮を喚起する色であること。女性器が岩戸、内陣、奥の院、開帳などで喩えられてきたこと。日本女性がズロースを着用するようになったのは関東大震災を契機にしてのこと。う~む、勉強になる。

「斯道(しどう)の天才」(大下宇陀児)

 北海小僧と仇名される天才イカサマ師の話。花札を繰りながら、札順をすべて把握するという人であったらしい。技しだいでは運を無視できると彼は言う。しかし、この技は弛まぬ訓練の賜物であった。

 どんなジャンルにも天才的な人はいるものだ。

「文化とは文の化物」

 著者不明の文化論だが、文化とは文の化物であるという話は面白い。正直なことを率直に文にすれば、首が飛んだり、刑事に尾行されたりする。だから人は思うことの半分も書かず、分かりきったことを分かりにくく、簡単なことを回りくどく書くと言う。モノを書く人はそれなりの苦労があるものだ。掲示板で好き勝手に書く連中とは雲泥の差だ。

「人相でもわかる男女秘所の優劣」

 実にくだらないコーナーだ。身体的特徴で性格や人生が決まるはずがないのだ。でも、ついつい読んじゃう。男性の乳首に毛があると頭角を現すというのは聞いたことがあって、僕は自分の乳毛を大切にしてきたんだけど、見てみいな、頭角なんか現したこともあらへん。そんなものである。

「温泉芸者残酷物語」(浪江洋二)

 昔は温泉芸者と呼ばれる女性たちが大勢いた。彼女たちの内情が綴られているのだけど、まあ、可愛そうなものだ。座敷なんかに呼ばれていくら稼いだとしても、中間搾取層がたくさんいるので、彼女たちはいつまでも貧乏なままだ。観光地は表面ではサービスずくめで成り立っていても、裏側にまわると人情の冷たさしかないと語る著者に共感する。

「性神はどこにもある~群馬県の巻」(高田嘉太)

 日本全国、どこにでも性崇拝の遺跡を見ることができるが、今回は群馬県。男女が抱擁している石像があるそうだが、確かにこれは珍しいかもしれない。それぞれの遺跡にはさまざまな言い伝えがあり、それが興味深かった。

「吉川英治苦闘伝」(福田清人)

 当時、「宮本武蔵」の大ヒットで一躍大人気の大衆作家となった吉川英治の半生。意外にも、書いたものが売れた経験があっても、また、人から物を書いてみてはと薦められていても、吉川英治は作家になるつもりはなかったようである。独特な人生を送っている人のように僕には思われたのだけれど、それはやはり天才であることの証拠なんだろうと思う。作品を通して追求しているのは「日本の本質」であるという吉川英治言葉は、なんだか妙にシックリくる。

「今夜は亭主留守」(池田三郎)

 小地域の有線放送。ここで鶏卵業者の主人が商用で出張のため、今晩は帰れないという放送を流した。この家の、若くて美人の奥さんへの伝言が放送されたのだ。これを聞いた若者たちは、さっそくこの奥さんのところへ夜這いに向かうが。

 問題はこの放送は「秘密漏洩」に当たるかどうかということだが、有線放送の業務内容には反しているが、秘密漏洩には該当しないということになるらしい。しかし、亭主が留守であるという放送を聞いて、チャンスとばかりに夜這いをかけるっていうのは、なんだか時代を感じさせるな。

「臀肉切り 野口男三郎」(板谷中)

 日露戦争の最中である明治38年の2月、納豆売りの少年が一体の死体を発見した。被害者は薬局店主の富五郎。犯人として特定されたのは野口男三郎という人物だった。有名な漢詩人の野口寧斎の妹婿に当たる人物である。この男を犯罪に走らせたのにはどういう背景があるのだろうか。

 

「折れ歯を呑む」(真野律太)

 四代目市川団十郎の話である。歌舞伎の世界は僕にはよく分からない。団十郎28歳の時に「敵討巌流島」の佐々木巌流の役で大当たりを取った。原作では50歳の役を、白髪に染めることで演じたのだ。さらに主役が当時絶大な人気のあった坂東彦三郎で、団十郎は彦三郎を凌ぐような演技をしてみせなければならないと野心に燃え立つ。舞台で前歯を二本折るアクシデントに見舞われても、見事な気迫で演じきった団十郎は、一躍人気俳優へと駆け上がったそうだ。

 この四代目団十郎の後妻にお松という人がいた。男勝りの女傑であったらしいけど、このような人が優れた女形俳優を育てたというのは興味深い。

「汚職日本史」(高木健夫)

 日本の歴史は随所にワイロが登場する。それは古事記の記述に始まり、飛鳥・奈良時代まで途切れることなく続く。その後も贈収賄の記録は後を絶たず、徳川時代にその頂点を極める。独自のワイロ哲学をもつ田沼意次を筆頭に、日本の歴史には必ず汚職があった。明治時代に入っても「塵芥請負事件」「教科書疑獄」があり、大正時代には「シーメンス事件」、昭和に入っても「松島事件」など、汚職は日本の歴史に常にある、極めて日本的な事件である。

 こういう裏歴史ものは興味深く読める。ワイロとして送られるのは金や物品だけではなく、女もそうだった。歴女たちも、もっとこうした歴史に憤慨してもよさそうなものだ。

 以上が小説以外の読み物である。「汚職日本史」「吉川英治伝」が特に良かった。

 その他にも小さな小噺やイラストが満載で、それらはここでは割愛した。二度と酒に手を付けないと豪語した酒飲みが、手袋を嵌めて酒を飲んでいるというジョーク小噺は好きだが、細かい所までは取り上げないことにした。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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