8月26日(月):ミステリバカにクスリなし~『殺しの報酬』
町角を曲がって停車した車。その窓からはライフルの銃口が突き出している。銃口は火を噴き、通りを歩いている男のアタマを吹っ飛ばした。車は即座に出発した。1930年代のギャング時代の一シーンのようにして事件が発生する。
本書はエド・マクベインの87分署シリーズの7作目に当たる。冒頭から殺人事件が発生する。
殺されたのはサイ・クレイマー。職業は恐喝屋だった。
この事件を担当するのがスティーブ・キャレラとコットン・ホース。彼らはクレイマーの貯金通帳から、彼に恐喝されていた人物を割り出す。恐喝されていた者による犯行だろうか。
刑事たちはクレイマーの恐喝被害者を訪れては尋問していく。しかし、彼らが割り出したのは数名の小口の恐喝被害者のみである。大口の被害者は不明だった。クレイマーをもっとも恨んでいるだろうと思われる大口被害者は一体誰なのか。
スティーブ・キャレラとコンビを組むコットン・ホース刑事は本書では87分署に来て日が浅いということになっている。頭部にはナイフで切られたところから白髪が一筋生えているという特徴ある風貌だ。カーク・ダグラスのような顎のくぼみがある。なかなかの男前である。それだけでなく、なかなかのプレイボーイだ。被害者の情婦、ウエイトレス、行方不明中の関係者のガールフレンドと、次々と女と関係する。事件とはほとんど関係のない描写であるが、こういう描写から刑事たちの人間像が浮き彫りにされる。
彼らはクレイマーから恐喝されていた人物を当たる。そのうちの一人、上院議員候補の夫人であるルーシー・メンケンが怪しい動きを見せる。彼らはメンケンに目星をつけるが決定的なことはわからない。やがて、メンケンにも新たな恐喝屋、クレイマーの後を引き継いだ恐喝屋からの電話がかかってくる。
その一方で、捜査はクレイマーの足取りを追う。昨年の9月にクレイマーは猟に出かけている。ガソリンスタンドの領収、クレイマーの車の燃費から、足取りを辿り、その猟場をつきとめるコットン・ホースの名推理には感服した。
その猟場では、クレイマーの他に4人のハンターたちがいたのだが、そのうちの一人とクレイマーとの間にトラブルが起きたという。そして、4人のうちの一人が行方不明となっていた。そこで何が起きたのだろうか。ホースは残りの三人に罠を張るが。
事件は殺人事件だけでなく、クレイマーの恐喝が絡んでくる。恐喝されていた者による犯行だろうか。また、クレイマーは何をネタに恐喝していたのか、そのネタはどこに隠されているのか。さらに、前科者でクレイマーとは親友だったと自認している情報屋マリオ・トールの暗躍など、事件は錯綜してくる。
そのくせ、なかなか捜査が進展しないもどかしさがある。「二と二を足して四という答えをだすことはできる。それからまた二を引いて、二になる。二を自乗すれば四になるし、こんどはその四の平方根を求めればまた二だ―すぐにふりだしにもどってしまう」(p246)なんて記述は、本書のもどかしさを的確に表現しているようだ。
ラストは、コットン・ホースの仕掛けた罠に容疑者三人が集まって来るのだが、ここはミステリとしては弱いところだ。このうちの一人がクロだったら良かったのに、三人ともクロってのはイージーな結末だ。あ、ネタバレしてしまった。
エド・マクベインの87分署シリーズは、一作ごとに工夫も凝らしてあり、主題もバラエティに富んでいるし、ストーリーとしては面白い。ただ、僕はこれを推理小説とはみなしていない。本作も然りである。
あと、各々個性的な刑事が魅力である。本書ではコットン・ホースが大活躍だ。スティーブ・キャレラよりもコットン・ホースの方が好きだというコアなファンにはお勧め。
<テキスト>
『殺しの報酬』(Killer’s Payoff)エド・マクベイン著(1958年)
井上一夫訳 ハヤカワミステリ文庫
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)