8月2日:いい加減にしてくれ

8月2日(日):いい加減にしてくれ

 

 膝が痛い。いや、痛みはましになってはいるが曲げられない。どうにか座ることができても2時間くらいが限界だ。それ以上曲げていると痛みが増してくる。

 今日は午前中に一件、昼から一件の面接をこなす。けっこう、膝が限界だ。

 

 夕方、横になる。立っているか横になっているかである。

 横になってパソコンをいじっている。ウトウトしてくる。なんかドアにノックの音が聞こえる。確かに聞こえる。

 誰や、半ばキレそうになる。少し服装の乱れを直して出る。

 なんてことはない。いきなり来た人だ。電話で予約すればいいものをわざわざ現地まで来るのである。いい加減にせえと思う。

 HP見れば電話予約と書いてある。その通りにすればいい。電話がつながらないということであれば留守電にでも入れてくれればいい。その場合、こちらから電話する。わざわざ来なくてもいいのだ。

 

 過去にもいきなりやってきた人は少なからずいる。僕はこういう人たちを全く信用しない。HP見れば電話予約と書いてある。それを無視してやってくる人たちだ。引き受けたとしても枠を乱す可能性が大であると僕は考えている。

 まあ、僕があれこれ言わんでもこういう人はまずカウンセリングなんて受けない。受けないから現地に来るのである。

 言い換えれば彼らは現地に来る必要があるのだ。それが彼らの問題である。僕はそれに付き合う必要はない。それでも付き合わされてしまうのだからウンザリである。

 

 結局、今日の人たちも予約も取らず、僕の名刺だけもらって帰った。本当は名刺一枚も損失を生み出したくないのであるが、もうどうでもいい。そんな細かいところまで気にしてられない。こっちは思うように動かない膝を抱えてたいへんなんだ。来る見込みのない人のことまで構ってられない。

 頼む、余計な時間を取らさないでくれ。カウンセリングを受けに来る人はスンナリと来られるのだ。そんなに時間なんて取られないものなのだ。来ない人がゴネるものなのだ。別にこちらから来てくださいとお願いしているわけではないのだから、ゴネるなら一人でゴネておいてほしいものだ。

 

 いいカウンセラーを探していると人は言う。自分に問題があるからいいカウンセラーを探しているという理屈なんだけれど、いいカウンセラーを探しているというそのこと自体が問題の一部を形成しているとは決して考えない人たちである。

 また、その人たちは次のような理屈を持ち出す。下手なカウンセラーに受けると悪くなると。悪くなるかどうかはカウンセラー一人の責任ではないのである。それに、悪くなるというのはその人の主観である。主観的に悪くなったと感じられても臨床的には正しい過程にあることだってある。風邪をひいたら、治る前が一番高熱を発するのもそうだ。一回熱を出さないと風邪も治らないものである。

 ああ、もうこんなことを言っているのが面倒だ。僕は僕のところに来る人だけに関わる。来ない人は一切無視する。関係ない人のために時間を費やすことは人生に対する冒とくである。

 賭けてもいい。今日来た人たちは、僕のところであれ、他のところであれ、決してカウンセリングを受けない。

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

 

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