8月16日(木):ミステリバカにクスリなし~『未解決事件19の謎』
ミステリバカはしばしば本当の犯罪事件にも興味を持つものだ(と僕は独断している)。コナン・ドイルが現実の犯罪を推理したり(本作に含まれている)、ポーが小説にしたりした例もある。
本書は、事件は発覚したものの、犯人が不明のままに終わった事件などを集めてある。原著では28の事件が取り上げられているそうだが、日本版は19編に割愛されている。他にどんな事件が取り上げられたのかも興味をそそるところだ。
19の事件が5つのテーマに分けられている。最初のテーマは「殺したのは誰か?」と題し、7つの事件が収められている。
①裕福な婦人を何人も毒殺した疑いのあるアダムス医師の事件。しかし、立件されたのは1件の殺人事件であり、看護婦の記録が正確でなかったために医師は無罪となる。
②リンドバーグの子供の誘拐事件である。これは有名な事件だ。容疑者は現れたものの、確証に欠ける。果たしてこの容疑者が真犯人であったかどうかは謎である。
③質素な生活を好むウォレス夫婦。その夫人が殺され、嫌疑が夫にかかる。夫の容疑は晴れたものの、疑いの目の中で彼は生きていくことになる。ようやく真犯人らしき人物が浮上した頃は、時すでに遅しで、彼もこの世の人ではなくなっていた。
④エドウィン・バートレットは自殺か毒殺か。彼の妻が容疑に浮上するが、彼の死には不自然さが付きまとっていた。自殺の可能性はあるが、それに反する証拠があり、一方の毒殺の可能性もあるが、やはりそれに反するような証拠もある。かくして、事件は未解決のままに。
⑤これも有名なリジー・ボーデンの事件だ。ボーデン夫妻が斧で惨殺された事件だ。娘のリジーに容疑がかかるが、その場合、事件の状況からして不自然なところがある。解明されない謎を多々含むこの事件は、後々、多くの犯罪学者たちを惹きつけ、リジーが有罪か無罪かの議論を戦わせることになった。
⑥南フランスでキャンプ中のイギリス人父子が襲われた。息子は一命をとりとめる。警察の捜査が開始されるが、この父親は戦時中はスパイ活動をした英雄であったことが判明する。捜査は難航する。そして、やがて嫌疑は息子にかかる。フランスとイギリスの両警察が捜査に介入し、事件の反響はますます大きくなっていく。
⑦連続殺人鬼「ゾディアック」の事件だ。これもこの方面では有名な事件である。無差別の快楽殺人の第一号と称される犯人だ。ドライブ中のカップルを銃殺し、警察やマスコミに自分の存在を売り込む。時には犯行を予告しながら、犯行を重ねていく。同じく、繰り返し、警察やマスコミに自分の存在を誇示する。犯人は世間の目を自分に注目させようとするが、結局、犯人のこの欲求は挫折することになるのだ。
続くテーマは「何が彼らに起こったか?」と称し、以下の4編が収録。
⑧元ボクサーのフレディ・ミルズの謎の死。ボクシング引退後、彼は中華飯店を、続いて、ナイトクラブを経営した。彼は車中で仮眠をとり、クラブでの出番待ちしていたところを何物かに狙撃された。状況から自殺の可能性が濃厚であったが、フレディが自殺するとは思えなかった。
⑨ビーチにてバカンスを楽しむオーストラリアの首相。遠くまで泳いでいく彼の姿が確認されたのを最後に、彼は忽然と水中に消えた。捜索しても首相は発見されなかった。首相はどこに消えたのか。
⑩キャンプ客で賑わうキャンプ場。リンディ・チェンバレンは9ヶ月の我が子が野犬に連れ去られたと訴える。大規模な捜索が開始されたが、幼児の姿は発見されず。その後、幼児の衣類が発見されるも、野犬に襲われた形跡が見当たらなかった。リンディの話は真実か虚偽か、そのどちらにも妥当な見解が存在する。
⑪冒険を夢見てヨットレースに出場したクロウハースト。航海の模様は伝えられているが、それは虚偽の報告であった。彼のヨットは、彼が報告する地点にはなく、その上、クロウハースト自身の姿はどこにもなかった。
続いて「本ものか偽ものか」と題して以下の3編
⑫ナチスのナンバーツーであるルドルフ・ヘスはスコットランドで捕囚の身となったが、このヘスは本物だろうか。容姿は瓜二つなのだが、ヘス本人と確認できない証拠がいくつもあった。
⑬赤いライトを点して自動車で近寄り、強盗、強姦を繰り返し働いた「赤い灯強盗団」。キャリル・チェスマンという男がその容疑者として逮捕された。幾人かの証言から彼が一味であることが疑われたのだ。チェスマンは自分の強盗に関しては認めているものの、自分は「赤い灯強盗団」ではないと主張する。チェスマンは本当に一味だったのだろうか。
⑭オスカー・スレーターの事件。彼は一婦人を殺害し、強盗を働いたのだろうか。オスカーは自分の無罪が証明されると信じていたが、裁判は公正さを欠き、彼に不利に働いた。オスカーに味方し、弁護活動を行ったのは、シャーロック・ホームズの生みの親のコナン・ドイルであった。
次は「事故」と題した2編
⑮爆発物を満載した貨物船がボンベイ港で爆発し、甚大な被害をもたらした。被害が拡大したのは、数々の偶然が重なったためであった。しかし、何が発火原因であったのかは謎のまま残されてしまった。
⑯ロンドンの地下鉄での列車事故。運転席で運転士が倒れているのが目撃されているが、この運転士に何が起きたのか。酒を飲まないその運転士からなぜアルコールが検出されたのか。
最後に「空と海の謎」としてまとめられた3編
⑰第一次大戦のドイツ空軍の英雄レッド・バロンことリヒトホーフェン男爵の死について。オーストラリア軍により、3方向からの攻撃を受けた末の死だった。一体、レッド・バロンを撃墜した手柄を立てたのは誰か、これは不明のままである。
⑱アメリカの潜水艦が一隻のUボートを発見した。攻撃しようとしたその瞬間、このUボートが爆発した。一体何が起きたのか。このUボート、U65にはこれまでも数々の不吉な事件が発生していたのだった。
⑲アメリカの巡洋艦メイン号はなぜ爆発したのか。事故か、攻撃か、破壊工作か、それとも自然現象だったのか。いずれにせよ、この一件でアメリカとスペインの戦争が始まったのだった。
以上の19編を収録。編者はジョン・カニング。執筆陣は以下。
コリン・ウィルソン・・・①③④⑨⑩⑬⑭
ヘンリー・レスター・・・②⑤⑦
ブライアン・マリナー・・・⑥
フェントン・ブレスラー・・・⑧
アラン・ワイクス・・・⑪⑯
ジョック・ハズウェル・・・⑫
マイケル・ハードウィック・・・⑮⑰⑲
コリン・ガンブレル・・・⑱
それぞれどこかに未解決の要素がある。それは犯罪であったり事故であったりするけれど、未解決になるのは、証拠がなかったり、証拠の解釈が食い違ったりするためである。また、当時の捜査法の限界もあるだろう。
何よりも感銘を受けるのは、それぞれの事件に一人一人の人間が深く関わっているということだ。すべて人間から生まれる事件なのだ。平穏に暮らしているつもりでいる僕でも、いつか未解決事件に関わってしまうことだってあり得るのだ。それは被害者としてか、加害者としてか、あるいは目撃者とかその他の関係者としてかは分からないけど。そして、関わってしまった事件が、必ずしも解決されるなんていう保証はどこにもないのだ。そう思うと、人間の生とはなんと覚束ないことだろうか。
19編それぞれは面白く読むことができた。自分でも意外に思ったのは、「本ものか偽ものか」の3篇が特に印象に残っていることだった。その他、ウオレス(③)とか、レッド・バロン(⑰)のような人物に興味が掻き立てられた。リジー・ボーデン(⑤)やゾディアック(⑦)の話は他でも読んだことがあるので、「そうそう、そういう事件だったな」と思い出す感じが強かった。ボンベイ港の爆発事故(⑮)は、よくそれだけ不運な偶然が重なったものだと、悪い意味で驚嘆したものだが、全体の統率が取れていないということ、危機管理とかその対応で基準や方法が共有されていないことなど、「悪い」集団心理のお手本にもなるような話だった。Uボート(⑱)の話は、ある部分では幽霊譚でもあるが、本当の要因は乗組員たちの恐怖心ではないだろうかと思う。全員の恐怖心が不吉な出来事を実現させてしまったのではないかとも思った(もちろん、確証はないけど)。
さて、本書の唯我独断的読書評は4つ星だ。思っていたよりも良かった。と言うか、昔(僕が19歳か20歳ころに読んだ時)とは違った読み方ができたのが良かったと言う方が正しいようだ。
<テキスト>
『未解決事件19の謎』(1987)ジョン・カニング編
喜多元子 訳 教養文庫
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)