7月9日(月):ミステリバカにクスリなし~『髑髏城』(カー)
ジョン・ディクスン・カーの初期作品で、初期シリーズキャラクターであるバンコラン探偵が主人公。
ライン河畔にそそり立つ「髑髏城」。その名の通り、人の頭蓋骨のような姿をしている。この不気味な屋敷を買ったのは稀代の魔術師メイルジャーだったが、彼は何年も前にライン河に変死体となって浮かんだ。髑髏城の後を継いだのは、メイルジャーの友人でもあった俳優マイロン・アリソンだった。そのマイロンも、ある夜、全身を炎に包まれて、髑髏城から転落した。この事件の調査を依頼されてバンコランの登場となったが、警察はベルリン警察主任警部のフォン・アルンハイム男爵に出馬要請を出していた。こうしてバンコランとアルンハイムとの推理戦の火蓋が切っておろされることとなる。
バンコランと男爵とは、かつての戦争でスパイ戦を繰り広げた間柄だった。今度もライバルとして頭脳戦を展開することとなったが、時には一緒に捜査し、手がかりを共有しあうなど、フェアに徹する姿がいい。その代わり、推理の激しい応酬のような場面はなく、荒々しい頭脳戦を期待すると、期待はずれに終わる。静かに、水面下で火花を散らしあっているといった印象を受ける二人だ。
マイロンは髑髏城の対岸に別荘を持っており、妹のアガサ・アリソンが管理している。「髑髏城」というタイトルでありながら、物語の大半がこの別荘を舞台にしている。マイロンの殺害当時、この別荘にはジェロームとイソベルのドオネイ夫妻(ジェロームは大富豪でバンコランの依頼人である)、サリイ・レイン(画家)、ルヴァセール(ヴァイオリニスト)、ダンスタン卿が招待されていた。別荘と髑髏城とはボートで往来するが、手漕ぎのボートとモーターボートとがある。
以上が物語の設定であるが、事件そのものは単純である。二人の探偵の推理も同一線上のものを展開しており、男爵がある程度解き明かした謎をバンコランが仕上げるといった形になっている。
個人的な印象では、不可能趣味に乏しく、途中で幾度となくダレる。
これまた個人的な印象だが、僕にとっては第15章が一番面白かった。男爵が犯人を公表すると指定した夜の晩餐会の開始前の場面だ。事件そのものとはあまり関係のない章である。登場人物たちが一同に会して、この後になされるであろう真相解明を待つという場面だ。
ジェフ・マール(バンコランの友人で語り手)が言う。「なぜあのとき、ぼくたちひとり残らずが、ああまで狂気じみた陽気さにとりつかれていたか。(略)今夜の異様きわまる晩餐会には、ぼくたちと椅子を並べて、おそろしい「死」が出席しているにもかかわらず、だれもが、表面上ははなやかな雰囲気にこころから浸りきっていたのであった」
それが誰であるかはわからないけど、この中に殺人犯がいることだけは確かである。その一人が告発されようとしているのだ。それでもみんなは陽気に騒いでいる、それも狂気じみた陽気さにとりつかれているのだ。これは「躁的防衛」というやつだ。ジェフも後に気づくのだが、これは誰もが真実と向き合うことを恐れているのだ。誰かが殺人犯であると告発される場面を恐れているのだ。
この恐怖感を陽気さで表そうという著者の目論見があったのだと思うが、まあ、あまり上手くいっている感じはしない。むしろ余計な章のように見えてしまうのではないかと思う。
さて、唯我独断的読書評価は三つ星というところか。カーにしては凡作。
<テキスト>
『髑髏城』(Castle Skull)ジョン・ディクスン・カー著(1931)
宇野利泰 訳 創元推理文庫
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)