7月31日(土):五輪と感染拡大と自己責任ということ
オリンピックも半分が終わった。まだ半分残っているのか、その上パラリンピックが続くのか、と僕の中ではいい加減ウンザリしている。
テレビをつける。五輪をやってないところを探す方が一苦労だ。「メダル獲得すごい」「日本よくやった」「いやぁ~、すごかったですね、日本勢の活躍は」云々、そんなことばかり聞かされている感じがする。国民はこうして「洗脳」されていくんだなと思った。
今日の読売新聞の社説で、人々の宣言に対する「緩み」並びにコロナの感染拡大と五輪とは別問題であるといったことが書かれていた。それを結びつけるのは筋違いであるとのこと。僕は五輪が感染を拡大したとも言わないけれど、拡大の一因にはなっていると思っている。加えて、五輪がなくても「気の緩み」は起きていただろうと思う。なので、読売の言い分に半分は賛成している。
ちなみに「気の緩み」と「 」を付けているのは、それが本当に「気の緩み」であるかどうか分からないからである。「宣言馴れ」とも言われるけれど、本当にそうなのか、何か実証的データがあるわけでもない。一応、そういう意見があるということで「 」を付している次第である。
五輪と感染拡大との関係は、感染拡大が五輪よりも先にあった。だから五輪が感染拡大をもたらしたとは言えないわけである。感染拡大が先にあり、今後大幅に増えそうだという予測が立てられていた上に、「気の緩み」の現象も五輪より先に生じていた。そこは押さえておかないといけない。
この問題の本質は、五輪が感染拡大を促進するということではなく、感染拡大する中で五輪を開催するのは妥当かという議論であった。尾身会長の「この状況で普通なら五輪はしない」という発言はそういう議論に属するものである。そして、この議論は今でも決着がついていないのである。読売のその社説で僕が半分反対なのは、そこではこの議論に触れられていないからである。読売新聞もスポンサーなのでそういうことは書けないのだろう。
東京をはじめ、一都三県では感染が広がっている。オリンピック関係者の間にも感染が起きている。そこに違いはないのだけど、ただ、個人的には海外からわざわざ来日してくれた人たちが日本で感染するのが気の毒だと僕は思うのである。
オリンピックが感染拡大源でなくても、人が集まる機会を増やしていることは否めないのではないかと僕は思う。テレビで観戦する場合でも、例えば選手の母校では集まって応援していたりする、そういう機会を増やしてしまっていることはあり得るだろうと僕は思っている。そこからコロナ感染が広がる場合だってありえると思うのだ。
選手に対する誹謗中傷も多いらしい。案の定、そういうことが起きるか。コロナ禍での開催であるだけに誹謗中傷に晒される可能性は高かったように思う。選手に罪はないと思うし、誹謗中傷はいかなる理由があれど許してはならないとも思う。
選手たちに罪はないとは言え、五輪に参加するということは五輪の構造にガッチリ組み込まれてしまうことになる。選手たちはそのことは自覚しておいた方がいいと僕は思う。選手の方々には、果たして東京五輪に出ることが本当に正しかったのか、あの東京五輪は自分にとって何だったのかなど、自問し続けて欲しいと僕は願う。そして、コロナ禍で苦しんでいる人たちがいる中で五輪に出場した自分にこれから何ができるかを是非とも考えて欲しいと僕は願う。まあ、あんまり偉そうなことも言わないようにしよう。
五輪は今からでも中止してほしい。感染拡大しつつある状況での開催が間違っていたのだ。コロナの状況を考えれば、五輪で盛り上がっているところではないはずである。
6月の後半頃、ユーチューバーたちが宣言下にもかかわらず団体で集まって宴会をやったってのがニュースであった。一人のユーチューバーの誕生日を祝うためにみんなが集まったということらしい。
ニュースになってから、それに参加したユーチューバーたちの何人かは謝罪のようなことをしたらしい。一方で「自己責任だから問題ない」という自論を展開する人もあるようだ。感染しても自己責任でやるから口出しされる筋合いはないという理屈なのだろう。ところがその「自己責任」を止めてくれというのが宣言の本質にあるのだ。
自己責任で宴会を開く。そこで感染する。体調が悪くなり病院にかけつける。その時点でもはや自己責任が成立していないのである。その責任は病院が受け持つことになってしまうのだ。本当に自己責任で宴会をするなら、感染した場合は人知れず山にでも籠らなければならない。重症化して死が目前になったら、自分で地面に穴を掘り、そこで永眠につかなければならない。もう一つ言えば、自分の死後、死体を自動的に焼却する手はずを整え、焼却後は自動的に土をかぶせる装置を作っておかなければならない。自己責任という場合、そこまで考えていなければならないのだ。
コロナに関しては自己責任はあり得ない。一人が感染すると、医療従事者をはじめ、周囲の多くの人がそれに関わらなければならなくなるからである。だから可能な限り宣言を守らなければならないのである。そのユーチューバーの言っていることは、自己責任ではなくて、自分勝手というものである。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)