6月12日:残された時間を 

6月12日(月):残された時間を 

 

 ただいま午前11時。今日はまだまだあるのだけれど、ここで今日のブログを書いておく。 

 深夜勤務明け。そのまま直接高槻に来て職場にこもっている。室内の掃除をして、論文一つ、短編小説一つ読んで、少しだけ眠る。2時間半ほど寝た。そこから起きてこのブログを書き始める。夕方には帰宅して、今夜の深夜勤務に備えなければならない。それまでの限られた時間を有効に生きようと思う。 

 寝不足感というか、寝起きの直後のけだるさとか、頭がシャッキリしない感じが残っているが、体に鞭打って作業をしよう。 

 さらに、目の奥が痛い。パソコンの液晶画面がまぶしい。かなり目をやられている。そんな状態で作業開始といこう。 

 

 先週は多忙を極めた。今週はさらに輪をかけて忙しくなりそうだ。 

 先週は深夜のバイトに体を慣らせることを優先したので、昼間の予定は詰めなかった。今週は昼間のことも予定に入ってくる。しんどいことはしんどいが、どうせ先の長くない人生だ。最後のラストスパートといった気合で乗り切っていこうと思う。それに、人間はどんな状況でも慣れていくものだ。心がそのように機能するものなのだ。僕の精神がまともに機能してくれるなら、この多忙な生活に適応していくだろう。そうなったらそうなったで、今よりも気持ちの上では余裕ができてくるはずである。 

 

 カウンセリングの方は、要望があれば引き受ける。それくらいの気持ちだ。HPがまだまだ未完成なのもネックだ。せめてリニューアル以前の段階まで復旧したいとは思うのだけれど、もう一年はかかりそうだ。そこから再スタートということにしようかと今は考えている。 

 カウンセリングに対する興味は失せないが、時代がもうそれを必要としなくなっている。人間が変わってしまったのだ。僕からすると単なる病的合理主義でしかないものを、頭がいいとか、合理的だとかいってもてはやす時代だ。全員が狂ってしまえば、異常が正常になるというものだ。今の世界に、人類のこれからに、僕はまったく明るい兆しをみることができないでいる。 

 僕は未来になんらの期待ももたない。後は僕が積み重ねてきたものを書き残していくだけだ。それがこのHPであり、このブログである。いわば僕の集大成をしておきたいと思っている。それを達成できれば、これ以上人生に望むものはないかもしれない。 

 不思議なもので、未来に何も持たなくなると、現在を懸命に生きるようになる。何事も今しかなくなるからだろう。今これをやったら、将来こうなるだろうとか、いつかに立つだろうとか、そういった打算が失せていく。自分に今これを課せられている。ただそれだけの理由でそれをする。余計な雑念が混入してこない感じがするのだ。将来の欲求とかビジョンなど持たない方が、今現在に集中できるような感じがする。僕がおかしいだけなのかもしれないけれど。 

 ともかく、今日も残された時間を精一杯生きよう。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

関連記事

PAGE TOP