6月1日:唯我独断的読書評~『幻の女 他2篇』

6月1日(水):唯我独断的読書評~『幻の女 他2篇』(横溝正史)

 『幻の女』といってもアイリッシュの名作ではなくて、横溝正史の戦前作品の方である。横溝正史と言えば、戦後の金田一耕助シリーズが有名だけど、最近、戦前の作品に妙に惹かれている。
 この作品は昭和12年に発表された中篇で、昭和10年に文壇復帰後の、著者の多作期の一篇である。
 人殺しなどなんとも思わない冷酷な殺人鬼「幻の女」が、アメリカから日本に来た。新聞記者三津木俊助は、「幻の女」と同船していたジャズシンガー八重樫麗子の取材に赴くが、そこで凄惨な殺人事件に巻き込まれてしまう。以後、三津木に、戦前のキャラクター由利探偵と、準レギュラーの等々力警部のトリオの活躍が描かれる。
 籾山子爵をめぐる人間関係がこの物語の根幹をなす。姪の京子、それに孤児の久美子をはじめ、子爵の「幻の女」との関係が錯綜してストーリーを盛り上げる。
 短いながらも、目まぐるしく展開していく物語は、読み手を引き付けてやまないだろうと思う。基本的には、アリバイ崩しのようなトリックではなく、一人二役など、人物入れ替え系トリックがふんだんに使用されている。
 犯人の犯行後、第三者が犯行現場をいじくって、事態をややこしくするというのは、後の『犬神家の一族』を彷彿させる。また、女が長年子爵を脅迫していた手紙の隠し場所も変わっている。
 僕の独断的評価は3.5というところ。スピード感のある展開には好感が持てる。

 併録の二篇にも触れておこう。
 「カルメンの死」は昭和25年の中篇作品。すでに金田一シリーズが好評を博していた中での、戦前キャラ復活となったが、何か事情があるのだろう。
 ソプラノ歌手の早苗とテノール歌手の豊彦の結婚式に、同楽団の八千代から贈り物が届けられる。その中には八千代の刺殺死体が入れられていた。八千代は、かつて豊彦と関係のあった女であった。
 たまたま、この結婚式に招待されていた由利探偵は、通報を受けた等々力警部とともに事件に当たる。関係者にははっきりしたアリバイがなく、挙句に自分が犯人だと自供する女まで現れる。
 あまり内容に触れるわけにもいかないけど、由利探偵が早苗に「落としたのはコンパクトだけだったか」と質疑する場面があるが、あの一言で事件が解決するくだりはお見事。
 楽団内の人間関係の絡まりやオペラ作品との関連など、新機軸も感じられるが、作品自体は中くらい。そういうことで評価は3としよう。

 「猿と死美人」は昭和13年の短篇。霧深い深夜、隅田川にボートを漕ぎ始めた男女。鈴の音を伴い、どこからか別のボートが流れてくる。ボートには檻があり、重傷の美女と鎖につながれた猿が入れられていた。
 発端の意外性は申し分ない。事件関係者が三津木の同級生だということで、三津木は事件に関与することになったが、由利探偵は登場せず、等々力警部とコンビで事件を解決する。
 相変わらず、愛憎うずまく人間関係が物語の支柱となっているが、後半の隠し場所トリックが印象に残る。隠し場所を示す暗号を解くのだから、これは暗号トリックと言うべきだろうか。
 本作も評価は3というところか。発端の感じはいいのだけど、いつもの探偵が登場しないというのと、謎があっさりと解明された感じがして、そこで評価が下がる。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

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