5月7日:ミステリバカにクスリなし~『黄色い部屋の謎』 

5月7日:ミステリバカにクスリなし~『黄色い部屋の謎』 

 

『黄色い部屋の謎』(1908)ガストン・ルルー著 

~名探偵がヒーローだった時代の傑作~ 

 

 古典的な名作でありながら、恥ずかしいことに、僕はこれまで未読だった。まず、フランスミステリーになかなか馴染めなかったことと、名作をすべて読むのはもったいないという気持ちのためだ。後者については、例えばベスト10作品があるとすると、7,8作までは読むのだが、全部読んでしまうと後の楽しみがなくなってしまうような気がしてしまうので、未読作品を残してしまうということだ。 

 さて、この作品。江戸川乱歩も大絶賛しただけあって、すごく期待して読んだ。面白いことは確かだ。当時は斬新なトリックだったのだろうけれど、現代ではいささか古めかしく、使い古されたトリックという感じがしないでもない。 

 事件は物理学者の娘が密室状態で襲われるという形で始まる。スタンジェルソン教授は高名な物理学者で、娘のマティルドはその共同研究者だった。娘が部屋に戻った直後、恐ろしい悲鳴と銃声が響く。駆けつけた教授たちは内側から鍵のかけられたドアの前で煩悶する。ドアを叩き破り、室内に入ると、殴打された娘が倒れ、壁と天井には銃痕があり、壁には犯人のものと思われる血染めの手形が残されている。犯行の証拠があるにも関わらず、当の犯人の姿がどこにもないという状況だ。 

 この謎を解くのが、鋭敏な推理力を持つ新聞記者の青年ルールタビーユである。一方、警察はこの難事件に対して敏腕刑事のラルサンを派遣する。謎ときの要素に加えて、両者の推理戦が展開されるのがミソである。 

 マティルドは一命をとりとめたが、二度目、三度目の襲撃を受けてしまう。一時は犯人がこれで捕まるかと思わせておいて、またしても犯人は姿を消してしまう。読者をやきもきさせながら、新たな謎を提示して、飽きさせないようにできている。 

 推理小説はトリックを明かしてはいけないという暗黙のルールがあるので、これ以上物語に触れることはできないけど、僕が一番感心したのは、スタンジェルソン嬢の髪型である。ルールタビーユが繰り返し事件当時のマティルドの髪型について尋ねる箇所がある。きっとこれが事件解決のカギになるのだなということは予測できるのだけれど、それがどのようにつながるのかが最後まで分からなかった。そして、この髪型がどうであったかということだけが、この事件が一段階構成なのか二段階構成なのかを決定しているのだ。素晴らしい。「ああ、そうだったのか」と思わず唸ってしまった。 

 

 久しぶりに良質の「古き良き時代の推理小説」を読んだ気になった。「古き良き時代」というのは、シャーロック・ホームズから1940年代、50年代くらいまでを指す。もちろん、僕の独断だ。その時代の探偵は「正義のヒーロー」だった。それ以後の推理小説においては、探偵役も悪や病を抱えていたり、一介の刑事が主人公だったり、一般市民が事件を解決するなど、趣向は凝らされているけれど、探偵役から「ヒーロー」像が失われていく感じがするのだ。つまり、時代とともに探偵の魅力が違ってくるということなのだが、やっぱり事件を解決する探偵は「ヒーロー」であってほしいと僕は願うのだ。 

 本作の探偵であるルールタビーユ青年もまたそうした「ヒーロー」性を具現化しているように感じる。ちなみに、ルールタビーユはここでは18歳である。少年とは言えない年齢だけど、おそらく世界最初の少年探偵じゃなかろうか。 

 一方、同じく犯人を追う刑事ラルサンは、数々の功績を持つ優秀な刑事である。こちらは父親像を投影しやすい存在だ。だから、本作は、息子が父親を凌駕する、推理戦において父親を打ち負かすという構図を連想させる。読後の爽快感は、事件解決によってもたらされるだけでなく、この構図からも生じているのだろうと思う。 

 

 さて、本書の唯我独断的評価は、4つ星、つまり、「読んで損はない」を授けよう。ただし、推理小説好きには5つ星、つまり「絶対読むべし」を授けよう。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

(追記) 

 この時に読書評を再開したのだな。これは今でも続いている。もっとも推理小説系は別タイトルで展開するようになったけど。世の中には面白い本がたくさんある。一生かかっても読み切れないくらいだ。人生の中で本との出会いもあるものだ。 

(平成29年6月) 

 

 

 

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