4月4日:ミステリバカにクスリなし~『夜の旅その他の旅』(1) 

4月4日(火):ミステリバカにクスリなし~『夜の旅その他の旅』(1) 

 

 早川書房から出ていた「異色作家短編集」の一冊。このシリーズをミステリに入れていいかどうか意見が分かれるかもしれないけど、僕はミステリに入れている。乱歩の言う「奇妙な味」がふんだんに味わえるシリーズだ。今回はその第4巻に当たるチャールズ・ボーモントの『夜の旅その他の旅』をチョイス。全部で15本の短編が収録されている。 

 5話ずつ読んでいくか。 

 

 

(1)「黄色い金管楽器の調べ」(The Music of the Yellow Brass) 

 ホームレスで、物乞いで、盗みまでやってきた二人、ファニートとエンリケ。今夜、彼らは上流階級の集まりに出席することができる。というのは、ファニートを期待の新人闘牛士としてエンリケが売り込んだおかげである。彼らが夢にまで見た世界に足を踏み入れる。翌日、いよいよファニートの闘牛デビューである。新聞記者はつめかけ、闘牛場には満員の客、金管楽器が華やかにファニートの入場を飾る。しかし、エンリケは浮かない顔をしている。彼はファニートに打ち明ける。すべてはペテンである、と。闘牛場で人間が死なないために闘牛人気が下降しており、その人気回復のためにファニートが選ばれたのだ。人々はファニートが闘牛で命を落とすことを期待しているのだ。エンリケは逃げようと誘うが、ファニートは断り、闘牛場へ行進していく。金管楽器の調べと大喝采が彼を迎える。その瞬間、ファニートは悟る。俺はなんと幸運に恵まれたのだろう、と。 

 以上のような筋書きだが、もし富裕層の視点に立てば、自分たちの刺激や利益のために貧困層の人間を犠牲にしたというふうに見えるだろう。でも、ファニートの視点に立てば、彼は生涯で最高の瞬間に立っているのである。この瞬間を生きられるのであれば、その後の人生を失っても構わない。それほどの恍惚と生命感情の瞬間なのである。彼が自分ほど幸運な人間はいないと自覚するのももっともなのである。彼が本当に生きたといえる瞬間なのだ。実存主義的なテーマを僕は感じる。 

 

 

(2)「古典的な事件」(A Classic Affair) 

 かつての恋人ルース、今は幼馴染であるハンクの妻となったルース、そのルースから夫が浮気しているのではないかと相談を持ちかけられる。その夜、私はそれとなくハンクに会い、真相を知る。ハンクは夜な夜な中古車販売店に忍び込むのだ。彼が恋したのは、クラシックカーの名品であった。私は幼馴染のために、また、彼と取り引きするために、ある行動に出るのだが。 

 いわゆるミイラ取りがミイラになってしまったといったオチなんだけれど、幼馴染に対する無意識的な復讐でもある。しかももっとも効果的な復讐である。ハンクがもっとも苦しむであろうことを主人公がするわけであるが、その主人公はそれを楽しんでいるのである。そこに本編の怖いところがある。 

 

 

(3)「越してきた夫婦」(The New People) 

 新しく町に引っ越してきた夫婦。前の住民が自殺して、その血痕が残っていることを別にすれば申し分ない家だった。近隣の住民を招待してパーティーを開くが、彼らもまた素敵な隣人たちである。しかし、夫のハンクは一人の住民から、この町に住む人々の秘密を聞かされることになる。 

 退屈していて、悪魔に身を売り渡した人々が登場するのだけれど、これがごく普通の人たちときている。この恐怖感はやはり強烈である。『ローズマリーの赤ちゃん』より以前にこのテーマが取り上げられていることになる。また、僕の感覚では本作のようなのを「黒魔術小説」と呼びたいのである。デニス・ホイートリーのはちょっと違うのである(でもホイートリーの小説も好きである)。 

 

 

(4)「鹿狩り」(Buck Fever) 

 二人の上司とともに鹿狩りに赴いたネイサン。森に入って5日目になろうというのに、いまだに一匹の鹿とも巡り合えず。ネイサンにとって初めての鹿狩りであるが不猟に終わりそうである。そんな矢先に一頭の鹿が彼らの前に現れる。銃を構えるネイサン。彼にとって初手柄になるはずであり、また彼の今後の出世に影響するはずであったのだが。 

 一つの出会いがその人の心を変えてしまうことがある。その出会いが人間でなく鹿であっても同じである。とにかく、人間にはそういう不思議なことが起きるのである。ネイサンは死にゆく鹿を見て何思うのだろうか。彼は、鹿を通して、何に触れたのだろうか。解釈はさまざまあるだろうけれど、アメリカ(に限らず先進国)社会に対する強烈な風刺をも僕は感じる。 

 

 

(5)「魔術師」(The Magic Man) 

 シルク博士は魔術師と称して手品をしてまわる。一年に一度、この町に興行にやってくる。彼が来ると子供たちが取り囲み、子供たちの求められるまま、シルク博士は自分の冒険活劇譚を子供たちに聞かせる。子供たちはもっと彼に話を求め、魔術の仕掛けをもっと知りたがる。そして、当夜の魔術ショーでは、子供たちだけでなく、大人たちも魅了されてしまう。この町の人たちはいつも自分を温かく迎えてくれる、彼らに何か恩返しがしたい、そんな思いが舞台の上のシルク博士に込み上がってくる。彼は、彼がもっとも正しいと信じる恩返しを町の人たちにするのであるが。 

 心理学者ほど人間の心理が分かっていないという皮肉がかつては言われたもので、多分、現在でもそうなのだろう。それと同じように、魔術師ほど人が魔術を求める気持ちを分かっていないということもあり得るだろう。人は、どれだけ科学的であろうと合理的であろうと、心のどこかで魔術を信じたいものである。そのことを忘れてしまった魔術師の悲劇である。 

 

 以上が今日の5話。どれも面白く読めた。(1)と(5)が僕のお気に入りになりそうだ。(2)も悪くないとは思うし、(3)と(4)も捨てがたい魅力がある。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

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