3月9日(金):Yさんの就職と姉さんのトラブル
今日は暇な一日だ。それでもやることはたくさんあるので、休んでいられないのが辛い。
先日、Yさんのことでいろいろ書いたが、Yさんの勤め先が決まったそうで、僕はホッとしている。メールで知らせてくれていたのだけれど、インターネットを開いた時に偶然見つけた。メールを確認する癖がついていないので、危うく見落とすところであった。
人は自分の職業を持つことが望ましいと僕は考えている。それはパートやアルバイトでも構わない。また、職種も問わない。仕事は社会との接点をもたらしてくれるし、職業に就くということで社会の一員であるという感覚が得られるものだ。この感覚はひいては共人間的なつながりの中で生きているという感覚につながるものでもある。そして、仕事はその人の人生に色を添えるものである。今度の仕事を通じて、Yさんの世界が広がっていくように、彼女の人生が豊かになるように、僕は祈っている。
これまた偶然なことであるが、今日、再び「姉さん」が訪ねて来てくれた。姉さんは転職したばかりという立場である。Yさんの一歩前を進んでいるわけだ。姉さんもたいへんで、今、いろんな人を訪ねてはアンケートを取って回っているらしい。僕もそれに協力した。
その際、姉さんの近況を聴かせてもらった。まあ、たいへんなものである。姉さんには弟さんがいて、僕はその弟さん夫婦のことも知っているのだけれど、姉弟間でトラブルが生じているらしい。金銭が絡むトラブルだ。こういう話は嫌になるね。
不思議なもので、僕と知り合った人はたいてい、僕に自分の抱えているトラブルを話されるのである。だから僕は安楽に生きている人なんてこの世に一人もいないという感想を抱いている。僕もたくさんの余計な物を抱えながら生きているのだ。姉さんも同じなのだなと思った。
それはともかく、話を聴いて、姉さんの力になろうと思ってはいたのだけれど、どうもいい知恵も浮かばなくて困った。時々、僕は姉さんが今日話してくれたような話を聴かされるのである。その度に兄弟って何だろうなという気持ちになる。親の財産を巡って、それまで仲良く生きてきた兄弟が絶縁したなんていう話もよく耳にするものである。多くは金銭のトラブルである。これをきっかけに兄弟の縁が切れるということであるから、兄弟の縁なんて非常に脆くて儚いものなのかもしれない。
姉さんの所は仲のいい姉弟だなと信じていて、それでずっと羨ましく思っていたのだけれど、蓋を開けてみると、それは単なる幻想だったようだ。幻想と言うか、僕の願望だったのかもしれない。なんだか切ないような気持ちに僕は襲われている。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)