3月11日:震災一年と京都マラソン

3月11日(日)震災一年と京都マラソン

 

 東日本大震災から今日でちょうど一年である。この一年間で日本は変わっただろうか。多少変わった所もあるが、望ましい変わり方をしているだろうか。僕は時々疑問を感じる。まあ、あまり震災のことを書くのはよそうとは思う。社会問題や時事ネタはなるべくこのブログには持ち込まないようにしようと決めているからである。そういうことは僕よりも見識のある方々が至る所で諸説を述べておられるので、僕のようなハンパ者は口出ししないでおこうと思っているのだ。

 でも、震災からの復興は僕も心から願っている。ただし、これも望ましい復興であってほしいとは思う。

 阪神大震災の時、神戸の長田区はたいへんな被害に遭った。それから数年後、復興がかなり進んだ後、ある時、僕は用事があって長田区の辺りを歩いたことがある。町並みは以前よりも発展している感じがした。震災の被害に遭ったとは思えないほどの復興ぶりだった。ビルなんかも建ち並んでいる。でも、よく見ると、それぞれのビルは穴だらけなのである。穴だらけというのは、空室ばかりということである。今はどうなっているのか分からない。当時とは異なっているかもしれないけれど、ビルを建てても人が入りたがらないという状況が続いていたようである。これではビルの所有者も、近辺の人たちも、生活がままならないのではないかと僕は思った。

 瓦礫の山から町を再建できた。でも、それはあくまでも外見上のことである。もっと中を覗いてみれば、町はできても、そこに人が住めないという状態は何一つ変わっていないではないかと僕は感じたのである。一体、復興って何だろうと思ったね。

 今回の震災では、もう少し意義のある復興になって欲しいと、僕は切に願う。その震災一年目の今日、京都マラソンが開催される。僕の住む京都市では、今日はノーマイカーデーを謳っている。いいことだ。京都マラソンのスタートの模様をテレビで中継していた。KBS京都チャンネルだったので、京都とその周辺のわずかな地域でしか見ることができないのであるが、見て良かったと僕は感じている。15000人が参加していて、それだけの人がスタートする様は見ていてなかなか壮観である。思わず引き込まれて見てしまい、家を出るのが遅れてしまったよ。

 いろいろ感じることや思うこともあったが、それらはいずれ書こうと思っている。でも、あのスタートを見て、そこに居る自分を思い描くことはできなかった。昨日あたりから膝の具合がましになっているとは言え、今日も多少は足を引きずっている。ジョギングしたり、ウォーキングしたりする余裕と健康が僕にも欲しいものだ。

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー

 

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