12月8日:ついていくに値しない時代

12月8日(日):ついていくに値しない時代

 

 今日は午前中は空けておいて、少し家のことをするつもりであった。結局、それは大したことをせず、割と早々に職場に来た。書きたいと思うものがあったからである。そうして午前中はサイト用の原稿を書いて過ごす。

 

 昨日のクライアントは課金をし過ぎてたいへんなことになっていると話した。その課金ってのがよく分からないでいると、彼は実演してみせてくれた。世の中ものすごいことになっているんだなと思った。

 スマフォの画面に映っているのは、普通にそこらへんにいそうな女の子だ。彼が課金する。課金に気づいたその女の子は画面に向かって「○○さん、ありがとう」などと、愛嬌と手を振りまきながら礼を言う。それだけなのだ。

 僕は「???」状態で、「なにこれ?」といったところだ。ボタン一つで、彼は彼女に100円課金したことになっている。課金したのはいいけど、この子は彼のために何をしてくれたの?と思ってしまう。

 言葉は悪いけど、こんなの物貰い、乞食と同じじゃないかと思った。若い女の子がこんな物乞いみたいなことをして稼いでいるっていうのは、なんとも不憫である。中には課金してくれた人に向かって歌を歌ったりする人もあるそうだけど、根本は同じだ。

 僕も世界の名言を集めて、課金してくれた人に「あなたに相応しい名言を」とかなんとか言って、朗読してもいいんだ。そんなんでも金儲けになるんだ。ひどい世の中だ。もちろん、僕はそんなことをするつもりはない。労働したい。

 さらに、なんて言ったらいいんだろう、そのサイトというか、そこに女の子の写真が並んでいて、気に入った子をタップすると、その子の配信画面に入って、そこで課金とかするようだ。クライアントの彼はキャバクラみたいでしょと言うけど、僕はこんなの風俗のパネルじゃないかと思った。あまり違いはないか。

 見ず知らずの人に「お金ちょうだ~い」とねだっているだけで、そういう形でしか儲けることのできない子たちの方が不幸だ。もっとも、その子たちがどんな子なのかはまったく知らないんだけど。

 それで、この子たちは、ある意味では不労所得を得て、労働で所得を得ている彼が過重課金でアップアップしているんだから、世の中、愚かしい。こんなのにハマったらエライことになる。

 時代についていけてないことは僕にはラッキーなことだ。こんな時代にはついていきたくもないし、ついていく価値もない。

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

 

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