12月31日(月):唯我独断的読書評~『超越の儀式』
クリフォード・シマックの晩年の作品。僕はSFはさほど詳しくはないけど、気になる作家さんたちがいる。ディックやシェクリィをはじめ、シマックもそうした気になる作家の一人だ。
気になるという程度だから、熱心なファンというわけでもない。古書店で見かけたら買っておくという程度の読者だ。本書も古本屋の店頭でたたき売りされていたのを見かけたので即購入した一冊だが、安い買い物をしたと思う。
本書の舞台は、いわゆるパラレルワールドである。地球と同じ星でありながら、少しずつ地球と違うという世界である。
主人公がもう一つの地球へ行くまで回りくどいいきさつがあるのだけど、大切と思うので経緯を記しておこう。
まず、主人公ランシングは大学教授で、ある学生の論文に注意を引かれる。どうしてこの論文が書けたのか、彼は学生に問いただす。学生はスロットマシンが教えてくれたと答える。彼は学生の言うスロットマシンの所まで行く。スロットマシンを回す。スロットマシンは鍵を出し、ある場所に行くように指示を出し、奥から何番目と何番目のスロットマシンを回すことと命じる。彼は半信半疑ながらその場所に行く。指示された通りにスロットマシンを回す。一台目のマシンからはコインが出てくる。二台目のマシンを回した瞬間、彼は見知らぬ森の小道に立っていた。
こうして主人公はパラレルワールドに降り立つことになったのだけど、じつに回りくどい展開である。最初からスロットマシンを見つけ、一回目のプレイで即座にこの世界に来ても良かったのに、作者は敢えて迂回路を取らせる。この迂回路を取らされる感じが後のクエスト並びに作品全体のトーンである。なぜそこに行くのか明確な理由はなくてもそこに行かなければならなくなり、何を探し求めているのか分からないけど何かを探さなければならなくなり、仮に何かを見つけてもそれが何のためにあるか分からない(これは上述のエピソードではマシンから吐き出される大量のコインである)といったシチュエーションがその後も続くのである。この導入部で、読者は作品世界のトーンに触れ、物語世界に方向づけられる感覚に陥る。
さて、もう一つの地球の地に立った主人公は、道を進み、一軒の旅館に入る。そこで、同じようにこの地球に送り込まれた男女5人と遭遇する。彼ら6人はともに行動して、それぞれのいた地球に戻る道を見つけ出そうとする。
旅館の主人の話では、この先に「立方体」があり、その奥に「都市」があると言う。彼らはそこに向かってみる。
仲間がいると心強いものであるが、立方体のところで、ロボットが負傷し、先に都市に向かう組とここに居残る組と二手に分かれることになる。将軍と牧師の間は常に不穏であり、対立を生み出す。立方体残留組も追いついて「都市」で合流するが、そこはかつての「都市」であり、廃墟であった。彼らはここに何か手掛かりがあると信じ、何かを探し始める。しかし、何かを見つけても、それが何であるかが分からない。この「都市」で、牧師が姿を消し、将軍も後を追うことになった。
4人になった一行は、さらに方角を別に取り、旅を続ける。もう一組の生き残り二人と遭遇し、合流することになった。「歌う塔」でサンドラを、「混沌」でロボットを失う。メアリとも離れ離れになった主人公はメアリを探しに戻る。別組の二人はやがて脱落し、主人公はどうにかメアリと再会する。彼らは「立方体」にカギがあると信じ、立方体まで向かうことにする。
本書のタイトルは「超越の儀式」である。なんか神秘主義の本を連想させるタイトルである。このタイトルの意味が最終章になって初めて明確になる。それまではどうしてこんなタイトルがついているのか理解できない。
種明かしになるからこれ以上は言わないけど、この「儀式」もまた一つの迂回路なのだ。
物語はすべてゲームの世界である。ダンジョンクエストなんかのRPGの世界である。ただし、主人公たちは、ゲームのプレーヤーの立場ではなく、ゲーム中のキャラクターの立場に身を置いていることになる。読者もまたこのキャラクター側の体験を共有することになる。そして、プレーヤーは他にいるのだ。物語の随所に顔を出す4人のゲームプレーヤーたちである。この4人がすべてを知っている存在なのである。
主人公たちは常に誰かに監視されているという感じを抱く。誰かの存在が常に身近に感じられたりする。自分たちの運命はその存在者に握られ、操られるかのような感覚に陥る。ゲーム中のキャラクターにとって、プレーヤーとはそんな存在なのだろう。神に等しい存在である。
さて、本書の唯我独断的読書評価であるが、あまり期待せずに読み始めたこともあって、予想外の面白さについのめり込んでしまった。僕は本作に4つ星を進呈しよう。SF通の人から見れば、あるいはシマックの熱狂的ファンからすれば、もしかするとそれほど高評価の作品ではないかもしれないけど、そんなことはお構いなしだ。僕が読んで、すごく面白いと感じたのだから。
<テキスト>
『超越の儀式』(クリフォード・シマック) 創元推理文庫
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)