11月5日(金):ミステリバカにクスリなし~『カシノ殺人事件』
足に激痛が走って参っている。難しい本を読む気にはなれないので、こういう時はミステリだ。ヴァン・ダインの『カシノ殺人事件』をチョイス。
ヴァン・ダインは12作の長編推理小説を残している。前半の6冊が好評だったので、後半の6冊が追加で書かれたのだが、後半の作品は当初の予定になかったものである。そのためか、名作は前半に集中しているし、後半はどうしてもパワーダウンしている感が否めない。本作は後半に属するもので、8作目に当たる。1934年公刊され、翌年には映画化されているのだから、それなりに好評を博したのだろう。
確かに、初期作品に比べると内容的に貧弱な感じがしないでもないが、それでも衒学的な要素や長々しい描写が削られている分、読みやすさが増している。初期作品のような内容の濃さは乏しいものの、なかなか捨てたもんでもない、というのが正直な感想である。
さて、物語はリュウエリン一家に悲劇が起きると予告された匿名の手紙をファイロ・ヴァンスが受け取る場面から始まる。
まず、リュウエリン一家の面々を述べておこう。
リュウエリン夫人は、著名な社会事業家であり、一族の長におさまっている。二人の子供がある。まず息子であるリン・リュウエリン。母親に溺愛されている息子だ。そしてその妹であるアメリア。ヴァジニアは、かつてはミュージカルスターで今はリンの妻であり、本作の被害者である。あと、夫人の弟のリチャード・キンケイド。彼は、作品タイトルにもなり、また作品の重要な舞台となっているカシノの経営者である。
匿名の手紙を受け取ったヴァンスたちはキンケイドのカシノに赴く。そこで最初の事件が起きる。ちょうどカシノに来ていたリンが、水を飲んだ直後に倒れたのだ。予告通り悲劇が起きたのである。
ヴァンスたち一行はリュウエリン家へ向かう。そこでヴァジニア殺人事件に遭遇する。やはり水を飲んだ後に死んだようである。さらに、同夜、母親の水差しから水を飲んだアメリアが倒れる。
リンとアメリアは一命をとりとめたものの、三人とも毒を飲まされた疑いが濃厚である。しかし、検視の結果、毒物反応が見られなかったのだ。三人とも毒を飲んで倒れたのではないのである。でも、ただの水で人が死んだり倒れたりということがあるだろうか。水がどうやって毒物に変わるのだろうか。これが本作最大の謎である。ヴァンスたちは水の謎を追っていき、そして重水の存在に行き当たる。
ミステリなのでトリックは言えないし、ネタバレしてはいけないので、これ以上述べることができないのであるが、水を飲んで死んだり倒れたりするとそこに毒が仕込まれていたのではないかという先入観を持ってしまう。その判断ミスを利用してトリックが成立している。
だから、読者も探偵たちと一緒になって水の謎を追っていくことになるのだけれど、謎を解くカギは別のところにあるわけだ。僕は何となくアレが怪しいと目星をつけていたのだけれど、やはりそうだった。ちょっと「引っかけ」が弱いかもしれない。
それでも内容的には悪くない。正直に言うと、ヴァン・ダインの後期作品は大したものがないと高を括っていただけに、ちょっと見直したところがある。初期作品のようなヒネリも乏しいし、化学的ないしは毒物学などの記述はいささか疲れるけれど、それなりに面 白く読むことができた。
名作の域には届かないとは言え、及第点は十分達している、そういう作品だと感じた。
僕の唯我独断的読書評価は3つ星半だ。4つ星まではいかない。でも3つ星よりかは上といったところだ。
<テキスト>
『カシノ殺人事件』(ヴァン・ダイン)創元推理文庫
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)