10月31日:ミステリバカにクスリなし~『地獄の道化師』 

10月31日ミステリバカクスリなし~『地獄の道化師 

 

<乱歩を読む~『地獄の道化師』> 

 

 昭和2年の休筆時期の後、昭和3年の『陰獣』で復帰した乱歩は、昭和4年『孤島の鬼』から長編小説の時代を迎える。 

 その時代は、戦争への機運が高まり、探偵小説が規制される昭和15年より再び休筆期に入る時期まで続く。『地獄の道化師』は昭和14年に執筆され、長編小説時代の最後の作品となった。 

 『地獄の道化師』は、僕が乱歩を乱読していた時代のかなり後期に読んだ覚えがあり、いささか乱歩に食傷気味だった時期に読んだもので、正直に言うと、あまり印象に残っていなかった。今回、読み直してみると、それほど悪い作品でもないということを認識した。 

 

 物語は交通の激しい通りで、一台の自動車の事故から始まる。その自動車は荷台に等身大の彫刻像を積んでいたのだが、それが横倒しになり、中から女性の死体が発見された。自動車を手配したのが怪彫刻家の綿貫創人であることが判明し、刑事が張り込む。 

 その後、被害者は自分の姉かもしれないと一人の女性、野上あい子が警察を訪れる。被害者が姉のみや子であると確認される。みや子の許婚であった白井清一があい子宅を訪れる。探偵の明智小五郎は白井の知り合いということから明智がこの事件に関わりを持つことになる。以後、あい子は敵の罠に陥り、新進ソプラノ歌手の相沢麗子が次の標的として狙われる。 

 

 短い作品ながら展開がめまぐるしく、一気に読めてしまうような作品である。犯人がなぜ道化師に扮さなければならなかったのかという論理的な説明もある。明智探偵との推理戦や追跡劇も展開される。いささか詰め込みすぎる感すら覚える。 

 しかしながら欠点も見受けられる。僕が腑に落ちなかったことは綿貫老人の人格だった。初盤の刑事をアトリエの櫃に閉じ込めたあの悪魔的な性格はその後まったく見られなくなり、むしろ小心者で、後には明智の子分として働くという一貫性のなさが鼻についてならなかった。 

 また、野上あい子の扱いがいささか雑である。あい子が敵の手中に陥ってからは、まるで存在感が失せてしまうのもいただけない。あい子は、作品においては、舞台を白井を中心とする人間関係に移し、明智を出馬させるきっかけを与えるという役どころであるが、そのためだけに創造された人物のように思われてくる。 

 細かな点であるが、犯人には共犯者がいたのであるが、この共犯者の謎はまるで解明されないのも後味の悪さを残す。その他、事件に乗り出す明智の事務所に吹き矢で脅迫状が送り込まれるのだが、そのエピソードも淡々とやり過ごされてしまう。何となく、後味が悪い。細部を見ると、そのような後味の悪い場面というものがいくつかある。それらも解明されていればもっと良かっただろうにと僕は思う。 

 そのようなアラや欠点も随所にあり、推理小説としては不完全さが感じられる乱歩作品であるが、それを上回るだけのものもある。読者を惹きつける展開と語りの上手さもそうであるし、作品全体に漲る雰囲気も独特だ。一旦、ハマるとなかなか離れられなくなるような魅力が乱歩にはある。その魅力に僕は魅せられてしまう。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

 

 

 

 

 

 

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