10月30日(水):ミステリバカにクスリなし~『エーミールと探偵たち』
先日、古本屋でたたき売りされている本書を見つけ、「おっ、ケストナーか、懐かしいな」などと思い、衝動買いしたのだった。
昔、ほんの短い期間だったけれど、エーリッヒ・ケストナーは僕の気になる作家の一人だった。『一杯の珈琲から』『消えた密画』で魅了されたのだ。内容は今ではほとんど覚えていないけれど、面白く読んだ記憶はある。
本書『エーミールと探偵たち』は、ジュニア向けの小説だけれど、ケストナーの出世作となり、刊行後、翌年には映画化もされて、当時からたいへんな人気作だったようだ。
物語は物語が全然始まらないというところから始まる。作者は南洋小説を書こうとしていたのに、第3章まで書いて、クジラの足が何本あるかというところでつまずいてしまったのだ。料理長に相談すると、もっと身近なものを書けばいいと示唆されて、その通りにしたというエピソードが面白く描かれている。
さらに、物語は断片的な形で作者の頭に浮かんでくるといって、10枚の絵と断片的な文章が挿入される。これが面白いアイデアだ。この10枚の絵と説明は後の物語のどこかで出てくる。物語を最後まで読んで、この10枚を再読すると、巧みに伏線が張られているのがよくわかる。
さて、ここからが物語だ。エーミールは美容師である母ティッシュバイン夫人と二人暮らし。父親はエーミールが幼いころに亡くなったからである。生活はラクではないが、エーミールは母親思いの賢い少年だった。
この日も母親の手伝いをしてから、ベルリンに住むおばさんの所へ、大切な140マルクのお金を懐に仕舞ってエーミールは出発する。
母親と別れて、汽車のコンパートメントに落ち着くエーミール。グルントアイスという山高帽の男がエーミールに親切に語りかけ、チョコレートまでくれたのだが、この男、母親が必死な思いで貯めた140マルクを盗んでいくのだ。エーミールが眠っているうちに盗んでいったのだ。
目が覚めたエーミール。お金がなくなっていることに愕然とする。急いで汽車を下りる。本来下りる駅ではない駅で下りる。向こうを歩くグルントアイスを見つけ、尾行するエーミール。なんとしてでもお金は取り戻さなければ。ここからエーミールの単独の冒険が始まる。
グルントアイスがカフェで時間を潰している。離れたところから身を隠して見張るエーミール。そこにいきなりクラクションの音が。クラクション少年グスタフだ。エーミールの事情を聴くと協力しようと申し出る。そして、すぐに20人近くの少年を集めてくる。みなエーミールに協力しようというのだ。
ここからが面白い。彼らは作戦を立て、計画を練り、役割分担を決め、子供たちだけで挑戦していく。行動派で親分格のグスタフをはじめ、参謀の「教授」、忠実なチビのディーンスターク、エーミールのために伝令係となったブロイアー、その他ミッテンツヴァイ兄弟、クルムビーゲルなど、個性的な子供たちが全員探偵となって泥棒を追い詰めるくだりは痛快である。翌朝には少年たちが100人になっていて、警察に連行される犯人の後を100人の子供がぞろぞろついていくシーンなんてユーモアたっぷりだ。
こうしてエーミールからお金を盗んだ泥棒はつかまり、お金もエーミールの手元に戻った。これにて一件落着である。
ところが物語はそれで終わらないのだ。本作は、最初は全然始まらなくて、最後はなかなか終わらないのだ。その泥棒が指名手配中の銀行強盗犯だったことから、エーミールたちの探偵譚は各種の新聞記事となり、エーミールはすっかり有名人になってしまう。
エーミールは母親のティッシュバイン夫人をベルリンに招くことにする。今度は母親が汽車のコンパートメントに落ち着くことに。同席してる男性の読んでる新聞からエーミールのことを知る。この乗客と母親のやりとりが僕は好きだ。男性は立派な子供だとエーミールを評価するのだけれど、母親は服のしわや写真写りの姿勢とか、我が子のそんな欠点が目についてしまうのだ。でも、やりとりの最後の締めくくりの言葉、「あの子には欠点なんてありません」という母親の言葉にホッとすると同時に、なんとも母親らしい愛情が感じられて感動してしまった。
さて、ユーモア作家というものは作品をユーモアたっぷりにするために実にいろんなアイデアを駆使するものだなと思う。本作の冒頭部分、物語が始まる前の段階の部分のことを書くなどもそうである。そうしてケストナーが物語を組み立てたはずなのに、その物語にケストナー自身が登場するという矛盾もやってのけるのだ。
本作では多彩な登場人物が現れるけれど、彼らの個性を話し言葉を通して描いている。グスタフの「てやんでい」とか、同じ単語を二度繰り返すおばあさんとか、エーミールの名前を毎回間違えるルリエ警部補とか、個性的な人たちの個性を口癖とか話し言葉を通して描き分けているのが面白い。
100年近く前の作品だけど、今読んでも全然面白い。僕の唯我独断的読書評は4つ星半だ。
<テキスト>
『エーミールと探偵たち』(Emil Und die Detektive)エーリッヒ・ケストナー著(1929年)
池田香代子 訳
岩波少年文庫
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)