10月18日:ミステリバカにクスリなし~『ドイル傑作集1』 

10月18日(金):ミステリバカにクスリなし~『ドイル傑作集1』 

 

 シャーロック・ホームズの作者コナン・ドイルのノンシリーズの短編集で、ミステリ編と銘打っている通り、ミステリ系の作品が8本収録されている。 

 本書を最初に読んだのは、僕が中学1年生の時だったと思う。あるいは2年生だったかもしれない。その当時、それなりに面白く読んだという記憶がある。以後、1,2回読み返したことがあった。再読、再々読のためか、それともミステリを読み慣れたためか、初読時ほどの感銘は薄れてしまっているが、何か面白い物語を読みたいと思う時は本書を思い出してしまう。 

 僕にとっては思い出深い一冊だけれど、本書とももうお別れしようかと思う。お別れ前に最後の再読をしておこう。 

 

1「消えた臨急」(The Lost Special) 

 ブランド駅長がカラタル氏と連れの男から臨時列車を出すよう求められるところから事件は始まる。カラタル氏に続いて駅長は同じ依頼を受けるが、カラタル氏は同乗者を拒む。こうしてカラタル氏と連れの男を乗せた臨時列車が出発したのであるが、この列車が途中で行方不明になる。ケニョン分岐駅は通過したことが確認されたものの、その隣のバートン・モス駅では通過が確認されず、両駅間のどこかでこの列車は姿を消したのだ。ただ、臨時列車の機関士の死体が発見されたのみである。 

 列車の車両が消失してしまうというテーマは魅力的ではある。僕の知っている限りでは、他にエラリー・クイーンの「七月の雪つぶて」があるくらいだ。テーマは魅力的だが、あまりバリエーションがないのだろうか、両者は似ているところがけっこうあるように思う。と言っても、クイーンの方はずいぶん前に読んだきりなので、記憶が定かではないけれど、なんとなく似たような感じだったと思う。 

 規模の大きい犯罪だけに、単独犯ではなく、共犯者の存在がある。加えて、本作はけっこうな組織犯罪である。この謎をホームズが解決したら面白いかもしれない。でも、内容的にホームズ向きではないかもしれないな。 

 

2「甲虫採集家」(The Beetle-Hunter) 

 駆け出しの医師で、まだ貧乏だった頃のハミルトンは、ある日、一つの新聞広告に目をとめた。それは医師を求める広告で、さらに体力や勇気を持ち合わしており、昆虫に関して詳しいことが条件として挙げられている。彼は金のために、この一風変わった広告に応募することにしたのだが、そこで彼は一夜の冒険を経験することになる。 

 発端の謎の提起から危険に満ちた冒険まで、ホームズ譚の好きな人なら面白く読める作品だろうと思う。あと、どうでもいいことであるが、精神病の扱い方というか、記述がいかにも19世紀風なのが時代を感じさせる。21世紀現在でこの記述をしたら、作者はこの方面に関してなんの知識も持っていないなどと誹謗されるところだ。 

 

3「時計だらけの男」(The Man With The Watches) 

 マンチェスターに向かう列車。その出発の間際に二人の男女が急いで乗り込んできた。車掌は彼らを車両に導くが、喫煙室にはすでに一人の男がいたので、二人は向かいの客室に乗車することになった。その後、ノンストップでラグビの駅に到着したのだが、二人の男女と喫煙室の男の三人の姿が消失し、二人のいた客室には見知らぬ男が銃で射貫かれて死亡していた。三人はどこへ消えたのか。そして殺されているこの男は何者なのか。切符もなく、身元を示すような所持品もない。奇妙なことに、この男は6つもの時計を身に着けていた。 

 前半における謎の提起、後半におけるある兄弟の物語と真相。ホームズものの長編にみられるような二段構成である。トリックに関しては、単純にして一本取られた気持ちになる。読み手はてっきり4人の人間(つまり、喫煙室の男、二人の男女、身元不明の死体)の存在を信じ込んでしまう。ドイルの語りの上手なところだ。 

 

4「漆器の箱」(The Japanned Box) 

 ある家庭教師の回想。ジョン・バラモア氏の所有するソープ屋敷にて、彼の二人の息子の家庭教師として雇われる。他の使用人から、バラモアはかつては相当な放蕩者であったが、妻の献身的な努力によって更生したと聞かされる。その妻も3年前に亡くなり、バラモア氏が以前のような状態に戻るのではないかと危惧されていたが、そうはならず、人を避け、図書室に籠り切りとなり、ある漆器の箱を異常なまでに大切にするという隠遁生活を送っていた。ただ、他に誰もいないはずの彼の部屋で女の声が聞こえる。一体、この女は何者で、どこからやって来るのか。家庭教師は偶然にもその秘密を知ることになる。 

 途中までは確かにミステリ要素が濃くて、ホームズものの「ぶな屋敷」などが思い出されるものの、結末まで読むと、むしろ感動的な物語であることがわかる。ラストで、バラモア氏が秘密を告白するのだけれど、その告白で終わる(つまりその後のことなどの描写が一切ない)ところは、なんとも静かな余韻を残す。 

 

5「膚黒医師」(The Black Doctor) 

 ビショップス・クロッシング村で開業したラナ医師。肌の色から膚黒医師と呼ばれた彼が書斎で殺されているのが発見される。彼は地主の娘であるモートン嬢との婚約を破棄した経緯があり、それ以来、モートン嬢の兄アーサーがラナ医師をひどく憎むようになっていた。容疑はアーサーに集中したのだが、モートン嬢が法廷でラナ医師が生きていることを証言したことにより、事件は思いがけない方向へ進んでいく。 

 ミステリとしては単純なものである。二人一役というか、人物入れ替えというか、そういう真相である。単純なトリックであっても、物語が上手く組み立てられているという印象を受ける。眼帯とか写真などの「小道具」もプロットに上手く組み込まれているという感じがする。加えて、法廷場面が描かれていることも、特徴的というか、珍しいかもしれない。 

 

6「ユダヤの胸牌」(The Jew’s Breastplate) 

 考古学界の若き泰斗ワード・モーティマは、その分野の権威者アンドリーアス教授の後を引き継いで、ベルモア博物館の館長に任じられた。その引継ぎの日、博物館に展示されているユダヤの胸牌をモ―ティマは目の当たりにする。それは12の宝石が4つずつ3列に配された見事なものであった。しばらく後、モ―ティマは博物館の警備を増やせという匿名の警告を受け取る。筆跡からアンド―リアス教授と思われたが。その夜、ユダヤの胸牌に異常が発見された。その一列目の宝石を何者かが剝ぎ取ろうとした痕跡が認められた。ただ、鑑定の結果、宝石は本物であることが判明した。翌晩、今度は2列目の宝石に同じ痕跡が認められた。何者かが館内に忍び込み、宝石を剥ぎ取ろうとしているようだ。三夜目、モ―ティマは寝ずの番をして胸牌を見張ることにするが。 

 単純だが、ウッカリ見落としてしまうトリックが用意されている。ついつい宝石は奪われるものだと早合点してしまうものだ。 

 

7「悪夢の部屋」(The Nightmare Room) 

 富豪メースン家の居間。ここに妻ルシールに詰め寄る夫アーチイの姿があった。アーチイは妻が自分を毒殺しようと試みたことを知ったのだ。その理由はキャンベルのためだった。ルシールは夫を殺してキャンベルと一緒になろうとしていたのだ。そこに当のキャンベルがやってきて、修羅場となる。結局のところ、どちらかが毒を飲めば解決する話だ。二人の男は、どちらが毒を飲むか、カードで対決する。しかし、この場には最前からこのいきさつを眺めていた第三者が存在していたのだ。 

 単純なオチなので言ってしまうと、これは映画の撮影だったというオチである。訳者の解説にもあるとおり、ドイルらしくない作品であり、短編集などにも収録されていないそうなので、誰か他の人の手になる作品であるかもしれない。雑誌の編集者がそれをコナン・ドイル名義で発表したとか、そういう事情があるのかもしれない。 

 

8「五十年後」(John Haxford And John Hardy) 

 新しい競争者の出現によってフェアベアン兄弟工場は閉鎖を余儀なくされた。工員はすべて解雇されたが、ジョン・ハクスフォドは工場長に呼ばれ、カナダの工場での職を斡旋される。喜んだ彼はフィアンセのメリーにその知らせを伝える。メリーもその母も賛成する。ジョンは先にカナダに赴き、連絡があればメリーたちもカナダに来るようにと約束する。先に旅立つジョンを見送るメリー。彼女はその後、ジョンからの連絡を待ち続ける。50年も彼女は待ち続けることになろうとは思いもせず。ジョンの方は、旅の途中で山賊に襲われ、その時受けた頭部の殴打によって記憶を喪失したのだった。彼はジョン・ハーディと名乗り、以後、カナダにて工員として働き、職務を全うするのであるが、若き日の記憶はどうしても戻ってこなかった。 

 ミステリといえばミステリに入るかもしれないけれど、むしろ感動的な純愛小説だ。決してそれが悪いという意味ではない。ジョンの記憶が徐々に戻り、メリーと再会するくだりは本当に感動ものだ。 

 また、冒頭の導入の描写も秀逸だ。一つの牡蠣が砂を飲みこみ、真珠を作る。潜水夫が牡蠣をとり、真珠は加工されて誰かに買われる。そこに二人組の強盗がそれを奪い、仲間割れして一人が他方を殺し、生き残った方も絞首刑を受ける。なんでもない牡蠣の習性が発端になり、そこから二人の人間が命を失う結末になろうとは誰も思い浮かばないだろう。この寓話は、偶然から悲劇が生まれることを物語っており、後続の物語の雰囲気を醸し出しているようで、とても効果的な描写だと思った。 

 

 以上8篇。どれも読み始めると最後まで読んでしまう面白さがある。語りが上手であるためだろう。作品にはそれぞれ趣向が凝らしてあり、一作一作に工夫が見られる。ミステリとして読むと、どうしても古臭さが感じられてしまうかもしれないし、謎解きも単純で、素朴なトリックが用いられたりしているかもしれない。でも、読むと面白いのだから、そういうことも気にならない。 

 僕の唯我独断的読書評は4つ星だ。 

 

<テキスト> 

『ドイル傑作集(1)―ミステリ編』コナン・ドイル著 

延原謙 訳 新潮文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

関連記事

PAGE TOP