9月20日:高槻カウンセリングセンター誕生秘話(6)

9月20日(火):高槻カウンセリングセンター誕生秘話(6)

 

 この9月20日のブログは、9月15日に書いています。日記を前もって書くのは初めてだ。ここで種明かしをしておきます。当日、ないしは前日のことが書かれていないブログは、前もって書いたものであります。日付どおりに律儀に書こうと、前もって書こうと、僕のブログなど読む人はおらんのだ。だから好き勝手に書いておこう。

 

<高槻カウンセリングセンター誕生秘話―6>

 

(初めてのクライアント)

 最初の一年目は、電話帳にも番号が載っていないし、インターネットも接続していなかったくらいなので、とにかく広告をどこかに出すしかないと考えていた。

 三か月の契約で「ぱど」に広告を出してみた。この広告で一人だけ来てくれた。僕にとって、記念すべきクライアントだった。うまくやろうと思っていた。でも、カウンセリングそのものは散々なものだった。心残りなのは、僕が独立して初めてのクライアントだったのだけれど、この方はテープ録音を拒否されたのだ。記念に残しておきたかったのに。

 このクライアントの記録は記録用紙に手書きで書いた。僕はよほど嬉しかったのか、何度も繰り返し、この人の記録を書いたものだった。

 でも、この人が本当に初めてのクライアントだったかと言うと、実はそうではないのだ。窓に貼られている屋号を見て、いきなり訪れた人がいた。その人は男性で、50歳くらいだったろうか。彼は「ここでカウンセリングをしてくれるのか」と尋ねる。彼の話では、彼はどこかの施設で一回二千円のカウンセリングを受けていたそうだ。そこが閉鎖になったのか、カウンセラーがいなくなったのか、彼は次のカウンセラーを探さなければならなかったようだ。そこで、たまたま看板というか、窓の文字を見て、僕を尋ねてきたのである。僕は彼を引き受けても良かったのだけど、彼は「同じように二千円でやってほしい」と頼む。その値段を彼は頑なに固持していた。結局、僕は「二千円ではできない」と言って、彼を断ってしまったのだ。彼が去って行ってから、僕はすごく悩んだ。僕を尋ねてきてくれた人を追い返してしまったことが悔やまれてきて、とても悪いことをしてしまったような気持ちに襲われたのだ。一体、誰のために営業しているのだろうと、僕は自分を責めたりしたこともあった。その時、僕は、僕を尋ねてきてくれた人は断らないでおこうと心に誓った。もっとも、この誓いは、今になって、間違っていたと分かったのだけど。

 でも、最初の頃はそういう苦い経験をいくつかしたものだった。

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

 

(付記)
 初めてクライアントさんが来てくれた時は本当に嬉しかった。振り返ると、その人のカウンセリングでは拙かった点も多々あるのだけれど、利用してくれる人がいるのだと分かると、とても心強いような気持ちになったのを思い出す。
 頼ってくる人は拒まないと、この時、決めたのだけど、結局、これは僕の身が持たなくなるということを知っただけだった。
(平成25年6月)

 

 

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