8月14日:ミステリバカにクスリなし~『顔のない告発者』

8月14日(火):ミステリバカにクスリなし~『顔のない告発者』

 実家の部屋の整理をしていると、懐かしい本が出てきた。何冊か読み直したく思ったところ、取りあえず、ブリス・ペルマン『顔のない告発者』をチョイス。

 当時はあまり興味が薄かったし、それにあまり気にしていなかったけど、創元推理文庫はフランスミステリにもけっこう力を入れていたんだなと思う。今ではフランスミステリも僕の中では高い位置を占めている。きっと、昔とは違った読み方ができると期待しつつ、本書を紐解いた。

「ドートリーブ夫人の死は事故ではない」という匿名の投書が警察に届いた。それは前夜、自動車事故で亡くなった夫人のことである。クレマン警部と部下バルビエが調べてみると、確かに夫人の車には細工がしてあったのだ。しかし、その細工では自動車は1キロも走れないだろうし、その事故現場まで運転できたはずがないということが判明する。この矛盾はどうして生まれたのか。関係者をあらっていくと、やがて2年前の自殺事件のことが浮上してくる。

 警察の捜査、それも聞き込みを中心に物語が展開する。派手なトリックやアリバイ崩しはないけれど、人間関係の軋轢など、人間の心理を軸にして、練り上げられたプロットで読ませる辺りはフランスミステリらしいところである。

 僕が好きなのは第7章だ。クレマンとバルビエが事件について、供述の矛盾について、推論を交わすくだりだ。ドートリーブ氏に関して、夫人とジュリエット(ドートリーブ家の小間使い)との見解が異なるのである。クレマンはそれを視点の違い、見方や解釈の違いとして説明する。夫人は彼を夫として、ジュリエットは彼を一人の男として見ているという部分はミョーに納得した。また、その後に続く二人の議論も面白い。

 捜査が進み、物語が展開していくと、それぞれの人間関係が明確になっていく。無関係と思われていた二人に思わぬ関係が認められたりする。こういうのはいささかご都合主義なところがあるかもしれないが、物語としては興味が尽きなくなる。

 ただし、ドニーズ・ルフィウー(ドートリーブ氏の愛人)とかポール・エルバン(ジュリエットの弟)とか、もっと重要な役回りをするのかなと思っていた人物が大した役割もなく舞台から去ってしまうのは、いささか呆気ない感じがした。前者は容疑のかかったドートリーブ氏に関して虚偽のアリバイを供述することで事態を混乱させるだけの役割だ。後者はジュリエットがドートリーブ氏に雇われることに一役買っている程度である。

 さて、僕の唯我独断的読書評は3つ星半というところだ。悪くはない。物語の展開も速く、プロットもよく練られている。自動車の細工の矛盾なんかは、その真相を知ると呆気ないくらい何でもないことであったりする。でも、それを不可能趣味に近づけているところは評価したい。

<テキスト>

『顔のない告発者』(ブリス・ペルマン、1983)(原題はフランス語のため割愛)

 荒川浩充 訳 創元推理文庫

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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