7月30日:ミステリバカにクスリなし~『白蝋小町』

7月30日(月):ミステリバカにクスリなし~『白蝋小町』

 角田喜久雄の長編を読むのは久しぶりだ。相変わらずというか、お決まりのパターンが展開される物語だが、それなりに面白く読むことはできた。

 上野の不忍池にて人気の「黄粉もち」茶店の店頭に、のっぺらぼうの白蝋人形を飾ったところ、何者かに盗まれてしまう。茶店の看板娘のお霜は許婚の吾妻一兵のためにも、人形を取り戻そうとするが、非人たちの群れに取り巻かれてしまう。この非人たちを取り仕切っているのが目鼻のないのっぺらぼうの女だった。女はこの顔を見たものは死ななければならないと、お霜と人形を盗んだお常の二人を虐待しようとする。そこにお常の恋人でもある市太郎が救出に来るが、お霜は驚愕する。市太郎と称する男が許婚の一兵と瓜二つなのだ。こうして二人は救出されるが、お霜にとって、これは後に続く危機と苦難の序幕でしかなかった。

 スピード感のある展開と謎が謎を生むといった構成で読み手を引っ張るところは職人技である。

 物語は、その後、徳川家斉や遠山の金さんまで登場して豊かに展開していく。白蝋人形にはどのような秘密が隠されているのか、一兵と市太郎は同一人物なのだろうか、さらには江戸を騒がしている怪盗「疾風の市」とも同一人物なのだろうか、陰謀に巻き込まれたお霜の運命はどうなるのか、そして、こののっぺらぼうの初姫とは何者なのか、非人頭の藤太とは何者であり初姫とどのような関係にあるのか等々、多彩な謎が提示される。

 しかしながら、こうした展開や謎の多さにもかかわらず、本作にはどこか煮え切らないところも残った。どうも吾妻一兵が活躍する物語であるという思い込みがそうさせたのかもしれない。一兵が主人公だと思っていると、ちょっと肩すかしを食らうかもしれない。一兵はそれほど目立った活躍をしないのである。むしろ、活発に動くのは市太郎であり、金さんである。この二人の活躍が物語を進めていく。

 それでも、ラストで一兵、市太郎、初姫が、お互いにそうと知らずに揃うラストはホロリときてしまった。

 各人のキャラクターははっきりしていて、角田喜久雄の時代小説の登場人物の典型タイプが揃っている。分かりやすく言えば、お馴染みのキャラクターたちである。

 美人で、恋人を救うためなら自分の命も捨てて惜しくないとまで一途に思い焦がれるお霜をはじめ、それとは対称的に気風のいい姉御肌のお常、そして不幸な運命を背負っているがために怨恨の虜にならざるを得なくなる初姫など、ある意味ではお馴染みだけど、魅力的な女性陣が印象に残る。

 一兵ならびに市太郎といった主人公クラスの男性は、まあ男前で、能力があり、快活である。江戸っ子気質の金さんもよく見かけるタイプの登場人物だ。加えて、悪役は陰険で、サディスティックで、いかにも「お主もワルよのう」と言いたくなるキャラ揃いである。

 こうしたお馴染みのキャラが定番とも言える活劇と謎解きをするワンパターンさもまた、安心して読むことのできる要素だと思う。

 さて、本書の唯我独断的読書評は3つ星半だ。もしかすると、再読時にはもっと違った評価になるかもしれないけど、今回のところはこの評価だ。現時点での位置づけは、まあ「悪くはない」といったところだ。

<テキスト>

『白蝋小町』(角田喜久雄) 春陽文庫

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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