7月18日(木):唯我独断的読書評~『時の深き淵より』
E・R・バロウズの太古世界3部作のラストを飾る作品。①『時に忘れられた世界』と②『時に忘れられた人々』で残された謎も解明される。
フォート・ダイナソア(①で作られた英国人たちの砦)を後にした副隊長ブラッドリーと4人の仲間たち。彼らはキャスパックを取り巻く絶壁から登攀可能な場所を見出そうと探検に出たのだった。猛獣や恐竜に遭遇しながらも、彼らは探検を続けるが、そのような場所は見いだせずにいた。そんな彼らを監視する目があった。
ある夜、キャンプしている彼らの前に姿を現したのは有翼人だった。それは明らかに彼らの知識の枠外の生物であり、信じられない存在であった。彼らには、それが死神といった死の使いに見え、隊員たちは恐怖に慄く。そして有翼人に見入られた一人が命を失い、翌日、また別の隊員が同じ運命を経る。その翌夜には、ついにブラッドリーが有翼人に拉致されてしまう。取り残された二人は急いでフォート・ダイナソアに引き返す。
有翼人に拉致されたブラッドリーは彼らの都市に連行される。有翼人たちはウィール―と呼ばれ、キャスパックの内海のオー・ホオ島に彼らだけの都市をつくっている。ウィール―こそ、このキャスパックで最上の進化を遂げた人間であったのだ。
ウィール―たちはブラッドリーからコス・アタ・ロとコス・アタ・ルの神秘、つまり卵から生まれたのではない男女の秘密を探ろうとする。彼は客人として迎えられたものの、ウィール―たちといさかいを起こし、彼をさらってきた有翼人フォシュ・バル・ソホを殺してしまう。その時、彼は一人のコス・アタ・ルの女コ・タンと出会う。コ・タンはガル族の女で、やはりウィール―たちにさらわれて幽閉の身となっていた美女である。
ウィール―たちから身を隠すブラッドリーとコ・タン。ブラッドリーだけウィール―たちにつかまり、彼は地下牢へ閉じ込められる。地下牢で彼はガル族の男アン・タクと遭遇する。アン・タクが示唆した抜け穴をブラッドリーは見つけ、衰弱しているアン・タクにかならず迎えに来ると約束して地下牢を脱出する。
そこは都市を縫って走っている地下水道だった。再び七頭蓋骨の青の建物へと入り込んだブラッドリーは、コ・タンを助け、「ルアタを代弁する彼」ことウィール―族の最強王と決闘し、そして二人は地下水道に潜っていく。アン・タクを助けるためであったが、間に合わなかった。アン・タクはすでにこと切れていたのだ。アン・タクはコ・タンの兄であったことを知る。
ブラッドリーの機転で二人はウィール―たちの都市から逃れるが、本島に戻る手段がなかった。依然、オー・ホオ島におり、ウィール―に発見されないように身を隠しながら過ごしていたが、ついにウィール―の一団に発見されてしまう。その危機も脱し、やはり機転を利かして、彼らは本島に向けて飛び立つ。
オー・ホオ島を脱出し本島に着いた二人。彼らはそこであのUボートと出くわす。英国人たちを置き去りにしたあのUボートだ。ドイツ人たちはイギリス人を奴隷の如く扱っていた。①で悪役であったフォン・ショーンホルツとの対決が繰り広げられる。
大雑把に言うと、上記のような展開である。全二作同様、短い作品ながら内容は濃厚である。次から次に目まぐるしく物語が展開して飽きさせない。その代わり、一つ一つの場面が速やかに流れていくので、各々の場面の印象が残りにくい感じがしないでもない。
この三部作、それぞれは独立した作品として読むこともできるが、やはり続けて読んだ方が良い。それも一作目から順番に読んだ方がよい。本書は完結編であり、①や②で提示された謎がことごとく解明されていくので、ストーリーの面白さとは別の楽しみも生まれる。
キャスパックのそれぞれの人種にはどうして子供がいないのか、女が少ないのか、その理由もハッキリする。一部はウィール―が黒幕であったのだ。
女たちも、どうして暖かい池で半身浴するのか、何がそこで行われているのかも明確になる。
女たちから流れ出た卵は川を下って南下して、「発祥の地」で孵化するのだ。そこから、一部は爬虫類などへ進化して、一部は人間となる。人間となっても進化の段階を経ていくことになる。北に上がっていくことが進化の証となるわけだ。
コ・タンなどのコス・アタ・ル並びにコス・アタ・ロとは、こうして生まれたのではない人間を指していることになる。つまり、通常に男女から生まれた人間であり、ウィール―たちにはそれが理解できないわけだ。
しかし、キャスパックにて最高の進化を遂げたとされるウィール―族が一番野蛮な人種であるというのは、皮肉というか、正鵠を得ているというか、何とも言い難い気がしてしまう。
①ではボウエン・タイラーとリズ嬢、②ではトム・ビリングスとアジョル、本作ではブラッドリーとコ・タン。冒険小説にはヒロインも必要である。そんなわけで各作品の主人公の愛もそれぞれ成就することになる。
すでに述べたけど、敵役のドイツ軍との争いも決着がつく。最後の結末まで言ってよければ、ボウエンもリズも、トムにアジョルも、ブラッドリーとコ・タンも、イギリス人たちも、生き残ったドイツ人たちも、みなキャスパックを後にしてヨーロッパへ帰り着くことができたのだ。②でトムが待たせた船があったからである。全体の大団円を迎えた時は、ちょっと感動したものである。
さて、本書の唯我独断的評価は4つ星だ。
三部作を通じて、構成がしっかりしていて、一作目からいろんな謎を提起して、伏線を張り、プロットが丹念に練られている感じがする。本作では有翼人が登場するのだが、これは現実の進化過程には見られないものである。人間がどれだけ進化しても背中に翼は生えないだろうと思うのだが、その意味で、前二作よりも空想科学色が濃いと言えそうだ。とは言え、前二作同様、自由自在い空想を駆使して異世界を作り出し、冒険に次ぐ冒険を展開して読者を引き込むのはさすがである。良質のエンターテイメント小説を読んだ気分になる。
<テキスト>
『時の深き淵より』(Out of Time’s Abyss)エドガー・ライス・バロウズ著(1924年)
関口幸男訳 ハヤカワSF文庫
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)