7月16日(火):唯我独断的読書評~『時に忘れられた世界』

7月16日(火):唯我独断的読書評~『時に忘れられた世界』 

 

 20歳代前半頃の僕は、本でも音楽でも、いろんなジャンルにものに手を染めたものだった。趣味の領域が拡散した時期で、ミステリバカだった僕がSFに凝ったのもこの時代だった。何でも手当たりしだいに読んだものだった。 

 そういう乱読ないしは詰め込み型読書というものは記憶に残らないもので、案の定、本書も読んだという記憶だけは残っているものの、内容等に関しては一切頭に残っていない。もう処分しようかと思ったけれど、当時、僕がどういうものを読んだのかを確認する気持をこめて再読してみることにした。 

 

 エドガー・ライス・バロウズといえばSF小説界では有名な作家さんである。ジャングルの王者ターザンシリーズをはじめ、火星シリーズ、金星シリーズ、地下世界ペルシダーシリーズなどが有名であり、その他、小さなシリーズや単発作品なども多数生み出した人である。 

 本書『時に忘れられた世界』は「太古シリーズ(または三部作)」の1作目である。文庫本にして200ページ足らずの分量なのに、恐ろしいほど内容が濃い一作だ。 

 

 アメリカ人造船技師ボウエン・タイラーの手記というかたちを取る。 

 時代は第一次世界大戦のさなか。ボウエンの乗る旅客線がドイツのUボートに襲撃される。船は沈められ、乗員乗客は海原に投げ出される。ボウエンと愛犬ノブズはかろうじて救命艇に逃れたが、その他の人々の命はすべて失われる。ただ一人、美しいリズを除いては。 

 冒頭からいきなり虐殺場面が展開されるわけだけれど、これは後の伏線になっているようでもある。生命というものがいかに軽い存在であるか、後にボウエンたちは悟るのである。 

 さて、リズを救出したものの、彼らは大海原を漂流する。彼らは遭遇したイギリス艦に救出される。助かったと思ったのも束の間、再びあのUボートの襲撃に遭う。イギリス艦は沈められたものの、勇敢な英国海軍は逆にUボートを乗っ取ってしまう。 

 このUボート、リズの婚約者であるフォン・ショーンホルムが指揮をとっていたが、いまやボウエンの指揮下に置かれることになる。 

 彼らは救助を求めるが、Uボートを見ただけで他の船からは敬遠されるありさまである。航海を続ける彼らだが、人為的に機械が壊されたり、羅針儀が破壊されたりするといった事件が発生する。何者かがテロ行為をしているのだ。 

 目撃者の証言からリズに疑いがかかるが、ボウエンは信じたくない。リズはボウエンの疑惑を晴らし、真犯人へと至らせるが、真犯人の罠に引っかかり命を失いそうになる。ここでもリズの機転によって助けられるボウエンである。真犯人の方は、その理由を打ち明け、息絶える。 

 こうして謀反の芽はつむいだものの、羅針儀を失い、方向を定めることのできなくなったUボートは漂流の身となる。食料や飲料水にも限りがある。 

 ドイツ人が謀反を起こし、Uボートが奪い返されるが、さらにイギリス人たちが奪い返すというUボート争奪戦も展開される。そうこうするうちに、彼らはある島へたどり着いた。誰も知らない島である。 

 彼らが太古の島キャスパックにたどり着くまでに以上のような展開がある。ここまでで本書の前半が費やされているわけなんだけれど、100ページほどの間にかくも多くのことが描かれている。後半も同じである。 

 

 キャスパックに着いた彼ら。一人の猿人の死骸を見つけたことから、水があるはずだと信じる。地下水路を通って、島の内海に出た彼らが見たのは、絶滅した恐竜軍たち、太古の爬虫類たちが跋扈する世界だった。 

 恐竜、爬虫類、その他原始的な動物たちの襲撃に遭いながら、彼らは安全な地を求める。イギリス人たちとドイツ人たちは協定を結ぶことにする。 

 彼らはキャンプ地を設定し、住居を作り始める。一方、フォーンショルムは油田を発見し、精製すればガソリンが作れるとして、脱出の希望を抱かせる。また、イギリス人たちは遠方まで探検隊を派遣して、この世界を探索する。 

 

 その後も目まぐるしく物語が展開する。 

 猿人たちの襲撃に遭う海兵たち。 

 ドイツ人が裏切ってUボートで去っていき、ボウエンたちを置き去りにする。 

 原始人たちに拉致されたリズと単独で救出に向かうボウエン。 

 リズの救出に成功するも、再びボウエンはリズと別れてしまう。その道中、探検に出た隊員の墓を見つけてしまう。 

 高等な部族の囚われとなってしまうボウエン。助けた女の手引きによってその部族から脱出することができたが、もはや誰とも再会の目途が立たず、孤立する。彼は高い岸壁の洞穴に居を構える。救出を儚く願うも、一艘の船も通らない。 

 最後の最後で、獰猛な原始動物に襲われるリズを助け、二人はこの世界で生きることを決める。 

 

 さて、読んでいない人からすれば何が何やら訳が分からんと思われることだろう。僕の文章力の稚拙さによるものだ。要するに、これだけの内容を詰め込んだ作品であるということが言いたいだけなのだけれど。 

 このキャスパックと呼ばれる太古の世界そのままの島には無数の生命がある。恐竜ひとつ取り上げても、陸を歩くのや、空を飛ぶのや、海に潜るのやらさまざまである。人間に関しても、猿人、原人、穴居人などさまざまな部落がある。その他、爬虫類だの、ゴリラや鹿など各種の動物に加えて、多数の植物たちが生い茂っている。生命が豊富に溢れている世界であるけれど、食ったり食われたりして失われる生命も数限りない。リズは一つの生命のいかに軽いものであるかをボウエンに語る。 

 「こうした、野蛮さと獰猛さをそっくりむき出しにした無数の生命の発露を目の当たりにしていると、わたし、自分というものがまったく取るに足らないものという気がしてきますの。生命というものがこれほど安っぽく、値打ちのないものだと、かつて考えてみたこともありません。生命なんて戯れのように思えますわ。行く手にはだかる他の生命体よりもたまたま力が強かったり弱かったで、笑い話になったり悲惨な話になったりするのですもの。一個の人間は、その人以外の何者にとってもまったく取るに足らないものということになりますわね」(p129~130より、一部省略) 

 僕はここに本書の隠れたメッセージがあるように思った。リズの語ること(あるいは悟ったこと)は、キャスパックの世界だけのことではなくて、世界大戦中の世界にも当てはまるのかもしれない。それだけに、一個の生命を助けるため(つまりリズを助けるため)に、ボウエンが命がけで困難に立ち向かう姿は、逆説的であるが、いかに一個の生命が尊いものであるかを訴えかけてくるかのようである。ここは本書の感動的な場面だと思った。 

 

 本書に関しての感想を述べておこう。 

 すでに述べたように、200ページ足らずの分量で相当な内容を含んでいる。現代の作家ならこの2倍3倍もの分量に水増しすることだろうと思う。目まぐるしく物語が展開するところは面白い反面、一つ一つの場面の印象が薄くなるかもしれない。 

 それでいて、けっこう丹念な描写がされていて、文章の圧縮はかなりのものだ。それだけに、あまり速読したり流し読みしたりすると本書の面白さを取り逃してしまうかもしれないと思う。ある程度、じっくり読む方がいいだろう。 

 なによりも作者の創造力の豊かなこと。古代の生物たちの描写もさることながら、北へ行くほど(なぜかは分からないけれど)、ボ・ル族、スト・ル族、バンド・ル族、クロ・ル族と、彼らの骨格、道具、生活スタイル、文化、言葉の違いを通して、進化した人類を巧みに描き分けている。こうした描写力も魅力に感じる。 

 

 では、最後に、本書の僕の唯我独断的読書評価は4つ星としておこう。なかなか面白かった。 

 

<テキスト> 

 『時に忘れられた世界』(The Land That Time Forgot)E・R・バロウズ著(1924年) 

 関口幸男訳 ハヤカワ文庫SF 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

  

 

 

 

 

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