6月21日:ミステリバカにクスリなし~『鉄鎖殺人事件』

6月21日(木):ミステリバカにクスリなし~『鉄鎖殺人事件』(浜尾四郎)

 昭和初期の探偵小説がアツイ。現状の探偵小説に不満のある連中が「これこそ私の書きたい探偵小説だ」と言わんばかりに個性を発揮しまくって、探偵小説界が大きく花開いた時代だ。

 本作の著者である浜尾四郎も、その時代の作家で、僕の好きな探偵小説作家の一人だ。良家の出なので作品にドギツさがなく、法曹界で仕事をしていた人なので論理的である。要するに、安心して読める推理小説を書く人なのだ。

 ただ、残念なことに、著者は若くして亡くなっており、その執筆期間も8年程度のもので、短編10数編と4作の長編小説を残しただけとなった。それでも日本の探偵小説に残した著者の足跡は大きい。

 本作『鉄鎖殺人事件』は昭和8年、浜尾四郎の第3作目の長編小説である。アメリカで莫大な人気を誇ったヴァン・ダインの作品が日本にも輸入された時期だ。大いに刺激された著者が、自分もヴァン・ダインに匹敵するような作品を書きたいと、そうして意気込んで書き上げたのが長編1作目『殺人鬼』だった。これは当時(恐らく現在においても)探偵小説の白眉とされたものである。『殺人鬼』と並行して『博士邸の怪事件』が執筆され、それに続くのが本書である。4作目『平家殺人事件』は未完成のまま終わったので、本書が著者最後の長編小説といってもいいかもしれない。

 主人公は検事を引退して探偵事務所を開いた藤枝真太郎。頭の探偵で、へヴィー・スモーカーで、尚且つ、女嫌いときている。

 一方、ワトソン役は友人の小川。女好きで、オッチョコチョイで、早とちりをやってしまう語り手である。もっとも、読者を誤った方向に導こうとする困った道案内役でもある。

 物語は、藤枝の事務所に、小川のいとこである大木玲子が来訪するところから始まる。玲子は何か藤枝に依頼したいことがあるようなのだが、殺人事件があったようだと口を濁して、その場を去る。藤枝と小川は玲子の言う殺人現場に赴く。

 殺されたのは質屋の主人で、短刀で刺され、両手を鉄鎖で縛られていた。ろうそくの蝋で描かれた暗号、切り刻まれた西郷隆盛の肖像画、階段に残された丸い跡、若宮貞代宛に書かれた手紙など、現場に残された多くの手がかりや謎が一気に提示され、読み手は引き込まれてしまう。これらの手がかりの意味が次々に明確になるくだりは爽快である。

 一つ謎が解明されても、新たな謎が生まれる。若宮貞代を中心とした錯綜する人間関係の秘密が事件の中心であるが、その全貌はなかなか見えてこない。この辺のスッキリしない感じがもどかしい。

 そして、第2、第3の殺人事件が発生する。藤枝探偵もまた犯人の術中に陥ってしまう。小川は、嫌疑をかけられている玲子を助けたいと思いながらも、その許婚の関山への疑惑を高めていく。その一方で、万引き女の澄江に惚れてしまう。こういう浮き足立ったような小川の言動に惑わされてはいけない。この小川はピエロのように、読者の眼前で芸を披露するが、これこそ作者の思う壺である。

 もし、小川の目くらましに惑わされなければ、本作では事件解決に必要な手がかりがすべて読者に与えられているのが分かるだろう。小川のせいで見落としてしまうのだ。一部を除いて(これは貞代の養女に関する部分だが)、すべてフェアプレイ精神で書かれているのが分かる。

 さらに、プロットがよく練られている。細部に至るまで、辻褄が合うように練られている。こういうのは良質の推理小説という感じがする。

 ただし、恐らく物語を面白くするためでもあるのだろうが、主人公たちが次の殺人事件を許してしまうのだ。結局、6人の殺人(並びに未遂)事件が発生してしまうのだ。敵の術中に陥ってしまうなど、藤枝探偵にも少し生彩が欠け、幾分、物語がダレる部分もある。その辺りが少しばかりマイナス要素である。

 それでも、先述のように、よく練られたプロット、フェアプレイ精神溢れた謎解き要素、藤枝や小川の魅力なども含めて、かなり面白く読むことができた。僕の唯我独断的読書評は4つ星半である。

<テキスト>

『鉄鎖殺人事件』(浜尾四郎)春陽文庫

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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