6月10日:キネマ館~『網走番外地』 

6月10日(土):キネマ館~『網走番外地』 

 

 高倉健さんの出世作となった作品で、その後、10作近くの続編が作られた。それだけの人気作なのだから、きっといい作品なのだろうとは思う。実はこれまで観たことがなかったのである。一度、きちんと観てみようと思い立ち、今回、それが実現した。 

 

 まず、主題歌がいい。時代を感じさせるエレキの音色がまたいいのであるが、その哀愁ある雰囲気がたまらない。健さんの歌唱は、上手なのかどうかは別としても、なんとも味があっていいですな。 

 

 映画は雪景色の網走駅から始まる。ロープで数珠つなぎにされた面々が降り立つ。若いのもいれば、年寄りもいる。すべて網走刑務所に収監される囚人たちである。すでにタチバナ(高倉健)とゴンダの間で火花が散り始める。 

 獄房の中。囚人の自己紹介って、娑婆で何をやらかしたのかを披露することなのだな。そこでは懲役の一番長い者が一目置かれることになる。さて、この新人の囚人たちであるが、小さな罪をいくつも重ねた者、若気の至りで過ちを犯した者、心中未遂で相手だけを死なせてしまった者など、罪状はさまざまである。タチバナはどんな罪を犯したのだろうか。彼の半生はどのようなものだったか。 

 幼い兄妹を連れて母親は再婚する。父親がどうなったのかは不明である。ただ生活のためにこの母親は好きでもない男のもとへ、自分の意に反して、嫁いでいくことになる。母の再婚後、この義父は兄妹を虐げる。兄はついに義父に歯向かい、勘当されてしまう。彼は都会に出るも、生活は上手く行かないようだ。そのうちヤクザの世界に足を踏み入れてしまい、単身討ち入りをして、傷害罪で逮捕され、網走刑務所送りとなったのだ。これがタチバナの半生だ。 

 タチバナは真面目に刑期を勤めようとする。ところが、妹からの便りで母が癌になったことを知る。治療を受けることもできず、妹はただ祈るだけだという。いたたまれなくなるタチバナ。そんな折、囚人仲間から脱獄の話を持ちかけられる。あと半年で刑期を終えることができるのだが、それまで母が生きているだろうか。どうしても母に会いたい。タチバナの気持ちは揺れ動くが、そんな彼の心情とはお構いなしに脱獄の計画が進んでいく。 

 

 囚人たちが脱獄計画を実行する晩、この時の嵐寛寿郎さんがいい。まさかの「連続8人殺しの鬼虎」だったとは、すごすぎる伏線な上に、寛寿郎さんの貫禄がたまらない。主演の高倉健さんを食ってしまう名演技だ。 

 健さんも若いし、田中邦衛さんも若い。ちょっとおカマっぽい感じのキャラだ。妙にハマっている感じがする。 

 その他、保護司役の丹波哲郎さんもいい。霊界にさまようイメージなんて微塵もなかった時代の丹波さんだ。ちょっとカッコいいな。 

 その他の俳優陣も個性的で印象に残る。 

 

 さて、時代はいつ頃だろうか。白黒映像と相俟って古い時代を連想させる。おそらく戦後のことであろう。生きづらい人たちも多かっただろうと思う。そんな中で犯罪に手を染める者も多かっただろう。 

 映画に描かれる囚人たちは、それなりに人情みたいなものを持ち合わせているようである。現代の僕たちからすると、それほど極悪人に見えない感じがするだろう。見た目は悪そうでも、中身は普通の人間的感情があったりする。現代の犯罪者はその逆であるかもしれない。 

 最後、タチバナとゴンダは手錠につながれたまま脱獄する。ゴンダが逃走し、タチバナが付き合わされた恰好だ。手錠を切断するために、彼らは線路に寝転がる。走る汽車に手錠の鎖を轢かせて手錠を切断する手段に出る。その時、何があったのか不明だけれど、ゴンダが大けがしてしまうのだ。 

 タチバナはゴンダを見捨てようとする。重傷を負ったゴンダはうなされて、母親を呼ぶ。それを見てタチバナはゴンダを見捨てることができなくなってしまうのだ。ああ、なんていい展開なんだ。タチバナはツバキ(丹波哲郎)に訴える。自分はどんな制裁でも受けるからゴンダを助けてやってくれと。 

 犯罪を犯す者は概して自分だけが不幸だと信じ込んでしまう。他人の不幸が見えていないことが多い。タチバナはうなされるゴンダをみて、こいつは自分よりも可哀そうな野郎だということに気づくのである。だから自分よりもこいつを救ってやってくれと頼むのだが、この時、僕たちはタチバナの改心した姿を見ているのだ。彼はもうヤクザ者でも前科者でもないのだ。新たに生まれ変わった人間の姿を僕たちは観るのである。そこに感動するのだ。いい作品だと僕は思う。 

 

 ということで、僕の唯我独断的評価は5つ星だ。文句なしに良い。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

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