5月9日:おじさんにナンパされた帰り道 

5月9日(水)おじさんにナンパされた帰り道 

 

 仕事を終えて、夜、Yさんと会う。Yさんのマンション前で別れる。その後、僕は独り阪急の駅に向かう。JR西口の通路をくぐって、センター街方面に向かって僕は歩いていた。僕が歩いていると、反対方面に向かって歩いている一人の男性と擦れ違った。 

 僕と擦れ違うと、その男性はくるりと向きを変え、僕の後についてくる。後をつけられているなと僕は感じていた。少し怖かった。30メートルほど歩いた所で、僕は思い切って振り返り、その男性に向かて、「何か用ですか」と尋ねた。50歳近い、かなりいい歳のおじさんである。酒の匂いをぷんぷん発散させていた。 

 おじさんは僕の両腕をがっしと掴む。「用はある」と言う。そして、「向こうで話す」と、おじさんは僕をどこか路地の方に連れて行こうとする。僕は、これは何かイチャモンをつけられたぞと思った。「いや、用があるなら、ここで言って」と僕は頼む。僕は走って逃げなかったことを後悔し始める。 

 「いや、ここでは」と口ごもるおじさん。何とかして僕を路地に引き入れようとする。それに対して僕はあくまでも「ここで言って」と譲らない。おじさんは僕の真正面に向かい合い、両腕で僕を掴んでいる。僕はその腕を掴んでいる。 

 いくつか同じようなやりとりを繰り返した後、おじさんはついに用件を言う。彼は「君、僕とキスしよう」と言うのだった。 

 ああ、その手の話かと、僕は一安心した。僕は、経験的に、同性愛傾向のある男性には大人しい人が多いということを知っているので、これはケンカにならずに済みそうだと思い始めた。 

 「悪いんだけど、僕はイヤだ」と僕は答えた。おじさんは懲りずに、「僕と気持ちいいことしよう」と吹っかけてくる。僕は「僕にはそういう趣味がないんだ」と答える。その頃には僕の方に余裕が生まれてきているのを感じた。「ダメか」「ダメです」を繰り返す。 

 「じゃあ、一緒に呑みに行こう」とおじさんが矛先を変える。僕は「それもゴメンやけど、僕はお酒を呑まないんだ」。「おごってあげるから」「でも呑めないんだ」と僕は嘘をつく。「ちょっと付き合ってよ」とおじさん。「そうしたくても、ダメなの。僕は今日はもう帰らなきゃいけないから」と僕。こういうやり取りがまたしばらく続く。こういう時はおじさんが諦めてくれるまでやんわりと応対しておくに限る。 

 「じゃあ、今日はこれで円満に別れましょう」。ついにおじさんがそう言ってくれた。「そうですね。それがいいですね」と僕。こうしておじさんは去って行った。 

 やれやれという感じである。きっとあのおじさんは一人で呑んでいて、呑んでいるうちに人恋しくなったのだろう。誰からも相手にされない人なのかもしれない。昔の僕だったら、一緒に呑むだけならと言って、呑み屋に付き合っていたかもしれない。それもまた面白いものだ。でも、おじさんには悪いのだけど、今夜はそういう気分になれない。 

 僕は同性愛者ではないけれど、同性愛を否定しない。過去において、僕のクライアントの中にも自分は同性愛だと打ち明けた男性が数人いた。普段の生活の中でも何人かそういう人に出会っている。彼らは得てして大人しくて、善良な感じの人たちが多かった。だから僕は彼らを恐れないし、友達付き合いする分には全然構わないとさえ思っている。ただ、僕にはそういう趣味がないというだけのことで、そこは相手にも分かってもらわなければならないのだけど。 

 しかし、まあ、別れ際にYさんとキスして別れ、その余韻に浸っている矢先におじさんからキスしようと迫られて、そこでホンマにおじさんからキスされてしまったとしたら、今頃、僕はたまらなくブルーな気分になっていただろうと思う。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

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