5月26日:ミステリバカにクスリなし~『ヒトラー日記』
『ヒトラー日記』(The Hitler Diaries)リチャード・ヒューゴー著(1982)創元推理文庫
あまり国際関係的な物語は僕は得意ではない。以前、本書を読んだときは、途中で挫折してしまったのだ。今回、最後まで読み通したけれど、この本が、国際的な事柄や第二次世界大戦に通じていなくても、それなりに楽しめる作品だということがわかった。
第1章は、成功したワイン業者のキャヴェンデッシュが二人組のイギリス人に無惨にも殺される場面が描かれる。なかなかショッキングなオープニングだ。ただ、この後のストーリー展開において、この場面がどのように物語に関係しているのかがまったく見えない。この二人組やキャヴェンデッシュの名前が再浮上してくるのが、それから200ページ以上先というのは、いささか引っ張りすぎの感がしないでもない。
第2章より本書の中心テーマであるヒトラーの日記のことが出てくる。ナイツという男によってマグルーダー=ヒルシュ出版社にヒトラーの日記が持ち込まれた。これを出版すれば多額の利益が上がる。しかし、それは本物だろうか。ナイツはいくつかの条件をマグルーダーに押し付け、さらに契約の日時を指定する。
ヒトラーの日記を出版するべきかどうか、そしてそれは本物かどうか、また、ヒトラーの日記なるものが本当に存在するのかどうか、マグルーダーは調査を作家で歴史研究家のジョナサン・グラントに依頼する。ジョナサンは秘書に雇った女子大生リーザとともに調査を開始する。
ここまではマグルーダーを中心に物語が綴られる。でも、本当の主役はジョナサンであり、ジョナサンが活躍し始めると、マグルーダーはほとんど登場しなくなる。
僕はここは大切な部分だと思う。一回目に挫折した時、この小説は誰を中心に据えて読んだらいいのかで困惑した覚えがある。主人公はジョナサンだという予備知識があるだけで、本書に対する抵抗感がかなり薄らいだだろうと、そう思うのだ。
さて、調査を開始したジョナサンとリーザであるが、調査はなかなか一筋縄ではいかない。ジョナサンも狙われるようになるのだ。さらに、関係者に聴取する前に、例の二人組が先回りしてその関係者を「消して」いったりするのだ。
事件が起き始めて、例の二人組の殺し屋が舞台に登場すると、この小説は俄然面白くなる。この辺りの物語の組み立て方は感心する。
ジョナサンたちが調査していく中で浮上してくるのは、歴史の中で隠蔽されてきた事実である。この事実が徐々に明らかになってきて、ついにジョナサンたちがその真相を突き止めた時、二人の生命が危険にさらされてしまう。
物語の骨子はそういうことなのだけど、ナイツが指定した日時の謎、ザンテン事件の裁判とそれを追うジャーナリストのマックス・ワイスの役どころ、さらにはナイツがマグルーダー=ヒルシュ社を選んだ理由、そして、第1章で殺されて後は名前しか登場しないという不運なキャヴェンデッシュの位置づけ(本書の人間関係図において、彼はけっこう重要な位置を占めていることが分かる)など、細部が緊密にメインストーリーに組み込まれている。最後まで読むと、面白いと感じる。ただし、挫折してしまいそうになる瞬間がいくつか訪れるかもしれないけど。
独断的評価は、最後まで読んだ場合にのみ、4つ星ということにしよう
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)