5月1日(月):ミステリバカにクスリなし~『レディ・キラー』
エド・マクベインの87分署シリーズの一作。1958年出版なので、初期の作品になるか。
7月24日水曜日の朝7時45分。87分署の日直刑事デイブ・マーチスンは一人の少年から一通の封筒を渡される。
中には紙が一枚。「今夜8時、レディを殺す。どうにかできるかい?」 新聞の文字を切り貼りしてそう綴られていた。
悪戯だろうか。それでも本当にレディが殺される可能性もある。朝8時、スティーブ・キャレラとコットン・ホースの両刑事は捜査を開始する。
もし少年を使って投書した人物が警察に捕まることを密かに願っているのだとしたら、この文面に手がかりが含まれているはずである。文面を調べるのに加えて、被害者となりそうな人物、通称でレディと呼ばれている人物を探しだなければならない。犯人は捕まえられなくとも護衛をつけることで事件を防げるかもしれない。そして、日直刑事に手渡すように頼まれた子供を見つけることだ。唯一、犯人と接した参考人である。刑事たちはそれぞれの捜査に乗り出す。
アイソラの町の数多くの子供からようやく該当する子供を見つけ出した面々。人相書を作成する。修正されるたびに人相書の顔が挿入されるのが面白い。そして、この人相書がラストで活用されるのも印象深い。
また、本作は事件が起きてからの話ではなく、事件を未然に防ぐという話である。しかも夜8時というタイムリミットが設定されているのがミソだ。常に時間が意識されていて、読む方も焦燥感に駆られる。
なかなか捜査が進展しない中で、夕方5時台にはさまざまな出来事で刑事たちが手を取られてしまったりと、刑事たちの行く手を阻むようなことも次々起きる。その辺りは本作の面白いところだ。
二度にわたってコットン・ホース刑事は犯人と渡り合うのだが、犯人に逃げられてしまうというのも憎い演出だ。その他にも、犯人に近づいたかと思うと距離を広げられるといった場面もあり、面白い展開をしていく。
夜8時まであと20分といったところで急転直下、謎が解明され、猛スピードで活躍する刑事たちが爽快だ。
それにしても、娼婦のレディ・マーシャも、歌手のレディ・アスターも、作家のフィリップ・バニスターも、スーパーの店員マーチン・サマルスンも、その他捜査線上に浮上した人物たち関係者たちがことごとく真相とは無関係というのも凄い話だ。こんなの推理小説としてはアウトだ。
もっとも、87分署シリーズは推理小説ではない(と僕はみなしている)ので、それでもいい。刑事たちの捜査にはそういう無駄がつきものであるという、彼らのリアリティが描かれているのだと思うことにしよう。
その刑事たちであるが、お馴染みのスティーブ・キャレラ刑事にマイヤー・マイヤー刑事、それに本作では中心的なコットン・ホース刑事が活躍する。バート・クリング刑事も途中からこの事件に参与する。鑑識のサム・グロスマンの登場場面が多いのも嬉しい。
真夏の猛暑の一日、それも朝から夜までのほぼ12時間だけを描いているというのも特徴的だ。また、一つの事件だけを追っているのもいい。複数の事件の捜査が同時進行するパターンではないのがいい。あんまりトリック云々という話もないが、「レディ」が一つの暗号になっているなど、随所でトリックや伏線が施されている。
こうしてみると、87分署シリーズは一作ごとに趣向が凝らされていることが分かる。
さて、本作は割と面白かった。唯我独断的読書評は4つ星といこう。
<テキスト>
『レディ・キラー』(Lady Killer)エド・マクベイン著(1958)
田中小実昌訳 ハヤカワ・ミステリ文庫
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)