4月23日:キネマ館~『家族ゲーム』 

4月23日(日):キネマ館~『家族ゲーム』 

 

 僕のリバイバル第2弾は森田芳光監督、松田優作主演の『家族ゲーム』だ。この映画も、僕が20代後半くらいの時期だったかな、テレビで放映されたのをビデオに録画して繰り返し観たものだ。初見時はものすごく衝撃を受けた。以後はお気に入りの一作になった。 

 

 登場するのは父、母、兄、弟の4人家族だ。集合団地に住むどこにでもいるような感じの家族だ。 

 映画は彼らの朝食シーンから始まる。この食卓は椅子が横並びである。家族が向かい合うことのない関係であることが象徴的に描かれている。朝食は各自が独りで食べる。食べるものもそれぞれ違っている。お互いに関わり合いの低い家族関係であることが窺われる。 

 弟は中学3年生。高校受験を控えているけれど、兄と違って、成績は後ろから数えた方が早いくらいのものである。弟は学校に行きたがらないし、勉強にも身が入らない。父はそんな弟に家庭教師をつける。 

 この家庭教師を松田優作が演じるわけだが、この家庭教師、見事に家族に介入していくのである。父が「弟は問題児でね」と言うと「問題児ってなんですか」と問い返したり、「あの子はもともとは頭のいい子なんだけど」と母が言うと「親はみんなそう言うんです」と返すなど、なかなか見事である。どちらも本当は子供を見ていないということを父母に示しているのである。 

 弟は最初はこの家庭教師にいやがらせをしたり、サボったりする。そこで家庭教師からビンタがとんだり、卍固めを決められたりと、制裁を食らってしまったりする。それでも、だんだんと家庭教師といい関係を築いていき、ケンカの勝ち方まで教わるようになる。 

 弟がいつも不愉快そうなのは、勉強だけでなく、イジメられたりもするからである。家庭教師はこのいじめ問題にも介入するのである。 

 さて、兄の方はというと、優秀な高校に入り、ガールフレンドも作っている。本作の面白いところは、弟の人生が上手く行き始めると、兄の人生が上手くいかなくなるという描写だ。弟が学校でいい成績を取るようになると、兄が学校に行かなくなる。弟が女の子から告白されると、兄はガールフレンドにフラれる。弟がいじめっ子と戦って勝利を占めるようになると、兄は気弱になっていく。家族力動がきちんと描かれているわけだ。 

 また、父と母の関係にも動きが見られる。父は子供のことは母に任せきりである。父親が子どものことに介入すると金属バット事件が起きるからというのが父の言い分だけれど、要は母に一任して、自分は傍観者の立場に立とうとしているものだ。母は、子供を甘やかしてしまうのだけれど、その背景には父の目を気にしているところもあるようだ。 

 弟は別として、父や兄よりも母の方の動きが顕著だ。母は家族の期待に答えなくなる。目玉焼きの黄身をチューチューするのが好きだという父の期待に応じなくなる。勉強中の子供に夜食を運ぶ時間も遅くなる。弟の進路変更を家庭教師に頼むなど、どれほど依存的であるかを隠さなくなる。 

 さまざまな紆余曲折を経て、弟は難関高校に合格する。その合格祝いのささやかなパーティーが家庭で催される。家庭教師を中央にして、5人が食卓に横並びに座る。このシーンが本作のクライマックスであるのだけれど、実に見事な演出がなされている。 

 まず、お祝いのパーティーなのに、家族全員がどこかよそよそしい感じである。自然な家族の感じが伝わってこないのである。それはいかにこの家族が他人行儀で生きてきたかを表しているようだ。 

 全員が横一列になって会食が始まる。とてもお祝いの会食とは思えない光景だ。各人それぞれ黙々と料理を口に運ぶ。 

 きっかけを作ったのは父だ。兄に向って「今度はお前が頑張る番だぞ」と。その場の緊張感が高まる。その緊張感の高まりに歩調を合わせるかのように、家庭教師が食器をカチャカチャ音を立てるようになる。 

 兄がそれに応じ、さらに父がたたみかける。場の緊張が高まるほど、家庭教師の無作法がひどくなる。 

 弟と兄の間でもいさかいが起きる。母は知らんぷりしている。父の怒りだけは高まる。その間、緊張感がみなぎるに応じて家庭教師が悪ふざけをするのである。しかし、誰も家庭教師の悪ふざけを見ている者がいないのだ。つまり、外側で何が起ころうと、それが見えないくらいに各人は自分のことしか見えていないのである。 

 食卓がかなりめちゃくちゃになって、初めて父が家庭教師に気づくのである。「お前、さっきからなにやってんだよ」と、父は家庭教師につかみかかるが家庭教師のパンチで倒される。それを見た母も逆上するが空手チョップで倒される。弟と喧嘩している兄は頭突きで倒される。最後は家庭教師と弟との一騎打ちだ。やり返してくる弟に家庭教師は満足そうだが、策を弄して弟を倒す。最後に食卓をひっくり返して、家庭教師はその場を去る。このお祝いのシーンがすべてワンカットで撮られているのが凄い。 

 見るも無残な姿になりはてた床を片付ける家族。皮肉なことに、ここで初めて家族が向かい合い、一緒に作業をする。家庭教師がぶっ壊していって、初めて家族が一つになったわけだ。 

 その後、弟はのんびり高校生活を送っているようだ。兄の方も何か感化されたのだろうか、空手を始めようとしているようだ。 

 ある日、外でヘリコプターの音が聞こえる。母は何かあったのかしらと子供たちに聞こうとするが、子供たちは昼寝している。母も疲れたと言って昼寝をする。これがラストシーンだ。外の世界の音がよく聞こえるというのは、それだけ彼らが自分のことばかりに囚われなくなっているように思えてくる。外界との疎通性が良くなっているように思われるわけだ。また、昼寝をしているのは、家族の中での緊張感が軽減したことを示しているように思われる。なんとなく、彼らなりの平和が訪れているように僕には感じられた。 

 

 家庭教師を松田優作が演じる。三流大学に7年も在籍しているという学生だ。愛人とはおかしな関係を築いている。プロレスが好きだそうだ。 

 父を伊丹十三が演じる。金属バット事件を口実に子供と関わらない父である。威厳があるようで、目玉焼きの黄身や豆乳をストローでチューチューするシーンから、口唇期的な甘えが強いのかも。 

 母を由紀さおりが演じる。いい感じのお母さんだ。心配性で、子供に甘くなってしまい、家庭教師にも頼ってしまうという頼りなさがいい。 

 

 もし、家族療法を目指すなら、本作を丹念に分析してみられることを僕はお勧めする。家族療法家以外の人は、各人のキャラクターを味わいながら鑑賞するのがいいかと思う。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

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