3月17日(日):笑い上戸
朝、ブログを書いたけど、夜も書いておこう。徹夜明けの勢いで朝は書いたのだけど、あれからたいへんであった。
一日中眠たい。それは当然だ。昼休みに少し仮眠を取ろうと思ったけど、なんだか寒くて眠れなかった。結局、夜までそのまま起きていることになった。
一応、わずかの予定はこなした。それ以外は勉強して、後は書いて過ごす。
たくさんのものを作成しなければならない。気が遠くなるほどだ。
今月、とにかく動画広告をを終わらせる。こいつがいつまでも圧し掛かってくるのに耐えられない。
あと一本の作成が残っている。これをどうするかで考えている。僕の頭の中には3つのアイデアがある。どれか一つに絞ってから着手した方がいいのだろうけれど、今のところ、一つに絞れていない。
従って、一旦、この3つに着手する。最終的に一つに選んでもいいし、取り組んでいる中で一つに絞られていくかもしれない。いずれにしても、一旦はすべてに手を付けてみようと思う次第だ。
その代わり、そうなると、一つに絞る方法の三倍の作業量になってしまうのだ。もう、それも仕方ないと開き直ろうと思う。
それで、今夜、早速この3つの案に取り組んでいた。正確に言おう、チビチビやりながら取り組んでいたのだ。チューハイなんぞを傾けながら、この案にはこういうのを盛り込むとか、第2案ではこれを言おうとか、第3案で取り上げる内容のリストを揃えたりとかやっていたわけだ。
そうするとエライことになってしもうて、笑いが止まらんようになったのだ。前々から僕は笑い上戸なところがあるんだけど、最近それがひどくなった。酔っぱらうと、何を見ても聞いても、笑ってしまう。
徹夜したのも影響しているだろうけれど、なんしかアルコールがアッという間に回ってしもうたのだ。
たいへんなことになると思い、僕は慌てて電車に乗った。早く帰らなきゃと思うわけだ。ところが、電車の中で一人ニヤニヤしてしまって、笑いが止まらないのだ。
素面に戻ると、それの何が面白いのか全然分からないのだ。電車の中でやたらと「長岡天神」がウケたのだ。「天神」って、またたいそうな、とか思うと可笑しくてならんのだ。酔いが覚めるとそれの何がオモロイのか全然わかんないんだけど、その時はそれが可笑しくて可笑しくてどうしようもないのだ。
笑い上戸なのも困ったものだ。
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)