3月14日:コロナ・ジェノサイド~崩壊と衰退

3月14日(土):コロナ・ジェノサイド(8)~崩壊と衰退

 

 コロナ騒動は相変わらずだ。感染者が拡大しているというけれど、発見が拡大していると言う方が正しいと思う。今日発見された感染者は14日前にすでに感染者なのである。つまり、今日発表される感染者拡大の数は二週間前の数字だと思っていいのではないだろうか。

 

 それはさておき、ここでもコロナ騒動に関して思うところのものを綴ってきた。もう終えてもいいのだけれど、いろいろ動きが出てくるので、ついつい継続して書いてしまう。

 

 マスクの転売禁止を政府が打ち出した。僕は最初そういう考え方をしていたのだけれど、よく考えたら、転売を禁止するのではなく、転売マスクの購入を禁止した方が良さそうだ。

 それというのも、転売屋はマスクを売るのではなくて、他の商品の付録としてマスクをつけるという方法を取り始めたからだ。それでも売れるのだ。つまり、買う人間がいるということだ。

 そもそも、こういう転売は実に悪質だと僕には思われる。悪質な転売屋がまともな商品を売ってくれるのかどうか疑わしくさえ思う。再利用したマスクとかではないという保証がないのだ。なかには、そのマスクは見本で使っていて、お金が振り込まれても発送しない可能性だってある。どうして人はそういう悪質な転売屋を信用してしまうのだろうか。流通を正常にすること、そして購入者の意識を高めること、どちらも必要ではないだろうか。

 

 コロナをばらまいてやると言って呑み屋に行った男性がいるそうだ。モーパッサンの短編小説を僕は思い出す。そういうやり方は「女っぽい」のだ。女性差別のように聞こえたら拙いんだけれど、女の復讐方法なのだ。

 それでこの男性に接客した女性は大丈夫だったそうだ。その代わり、別の女性店員に感染が確認されたという。入店前に男性が待合で座っていたソファーに座ったことでその女性店員は感染したのではないかと報道されていた。

 しかし、これも確証はないのだ。その女性はそれ以前にどこか他の場所で感染していたかもしれないのだ。

 それに接客した女性が感染していないのも、たまたまであったかもしれない。幸運なことに感染しなかったというだけのことかもしれない。この男性が最初にソファにウイルスをばら撒いたおかげで助かったということなのかもしれない。

 

 差別的行動も増えているそうだ。外国にいる日本人もそういう目に遭ったというのは以前聞いたことがあるが、日本人に限ったことではないようだ。

 東京でも、電車内でくしゃみをしただけで揉め事に発展したというのを聞いたことがある。くしゃみをした人に向かってコロナ感染者だと誹謗するとしても、その誹謗している当人が感染者ではないと断言できないはずである。無症状の感染者もあるからだ。要するに、自分のことは棚に上げて他人を誹謗中傷する輩なんだろう。

 

 僕の推定では、感染者は1000万人は超えているだろう。10人に1人は感染者と思って間違いない。ただ、症状がなかったり無自覚なだけである。検査を受けていないのだから分からないだけなのだ。

 当然、都会に集中しているはずである。そして全都道府県に感染者はいるだろう。農村とか過疎地のような、あまり人と接触することが多くない地域では少ないだろうと思う。それでも、そこに一人感染者が入り込めば、感染は拡大するはずである。要するに、安全な場所などどこにもないのだ。

 

 ぜんそくの薬が効くとか、いくつかの薬の効用が知られている。しかし、これは感染による症状を緩和するものであって、感染そのものに効くというわけではないようだ。

 それでもワクチンは開発されるだろう。ワクチンを作ること自体はさほど時間はかからないだろうと思う。そこから臨床試験をしていくことになる。最初はモルモットなどの動物を使って、それで有効性と安全性が確認できれば今度は人間で治験することになる。

 人間にも効果があるということになれば、そこで初めてワクチンの完成となる。今度はそのワクチンを作らなければならない。大量に作って、各病院等に行き渡らないといけない。そこまでしてやっとのこと、インフルエンザのように、新型コロナの予防接種を受けることができるというわけだ。それが一年くらいかかると公表されていたな。

 

 社会も人間も、どんどん悪くなっているように僕には映っている。コロナよりも恐ろしいのは、社会の崩壊であり、人間の心の衰退である。もう、それが始まっているような、そういう危機感を覚える。

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

 

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