2月8日(木):ミステリバカにクスリなし~『キャプテンと敵』
ヴィクター、12歳。ある日、学校にキャプテンと名乗る男が来て、彼を連れ出す。そのままヴィクターは学校に戻ることはなかった。
キャプテンはヴィクターの父の友人で、賭けに勝ってヴィクターを獲得したのだった。ヴィクターは名前をジムと改めさせられる。キャプテンの愛人ライザにジムはあてがわれる。
ライザはキャプテンの愛人であり、子供を産めない体になっている。ライザを母親としてジムは奇妙な生活に入っていく。キャプテンは常に不在で、たまに帰って来るものの、どこでどうやって生計を立てているのか、まったくの謎であった。
グレアム・グリーン『キャプテンと敵』を読む。4部から成る長編小説で、第1部はヴィクター(ジム)の少年時代のエピソードで構成されている。
キャプテンは明らかに学校では教えてくれないことをジムに教えている。また、ジムは大人の男女の愛情生活(キャプテンとライザの関係を愛情生活と呼べるなら)を知っていく。ジムの生活はまったく変わってしまい、彼の心まで変えていくことになる。
第2部ではジムが大人になっている。彼は新聞記者として働いている。ライザとの生活はそのまま続いている。キャプテンはどこでそんなお金を稼いでくるのか、どこで何をしているのか、ジムの中で謎のまま残っている。そんな折、ライザが交通事故に遭って命を失ってしまう。
ここまでは舞台がイギリスである。4部から成るけれど、大きく前半と後半に分けることもできそうだ。
第3部から舞台は中南米のパナマに移る。キャプテンはこの地で何らかの仕事をしているはずだ。ライザの死をキャプテンに伝えなければならない。しかし、パナマを訪れたジムには、世話役のキグリー氏とボディガードのパブロがあてがわれただけだった。キャプテンが何をしているのか、探りをいれようと試みるが、ジムには何一つとして手がかりがつかめない。
やがて、彼はキャプテンと対面することになる。ライザの死を知った時、彼らの関係に亀裂が入り、悲劇的な結末に突進していく。
ジムは最初はライザの死を打ち明けることができず、怪我をしていると言いつくろったのであるが、ふとしたことからライザの死を伝えなければならなくなる。そこからジムとキャプテンの対峙へと流れ込んでいく。ここにはグリーンの小説に見られる展開、追われる者から追う者へ、逃げる者から立ち向かう者へといった展開が感じられる。
第4部では、ジムはキャプテンの後を追う形で命を落としていく。ほとんど後日譚のような内容である。
さて、タイトルの『キャプテンと敵』の「敵」とは誰か。キャプテンが戦う相手はすべて敵ということになるのだけれど、ジムもまたその一人となってしまう。
ジムにとって、キャプテンは常に謎である。謎であるがゆえに、キャプテンと同一視してしまったのだろう、と僕は思う。
そのキャプテンであるが、どのような人物なのだろか。第二次大戦ではナチスの収容所で捕虜になり、脱走してスペインに逃れたようである。スリルと冒険を好み、戦後、彼が犯した宝石強盗も、スリルのためであったという。パナマでの仕事もやはりスリルの一環だろうか。彼は戦争がなければ生きていけないのじゃないかとさえ思えてくる。
ライザは彼の愛した女である。彼女のために、彼は仕事をし、金持ちになることを夢見ていたのだ。しかし、その生活はとても愛情に満ちたものとは言えないものである。出会ってからのほとんどの時間を別居して暮らす、そんな愛情があるだろうか。
彼の「愛」が窺われるのは映画『キング・コング』のエピソードだ。少年時代のジムがキャプテンと一緒に観る映画だ。ジムにはキングコングの行為が愛であることが理解できない。キングコングが美女を手のひらに囲む、キャプテンもまたそのようにしか女を愛せないのだろう。そのような形の愛でも、それが彼が人間であることの証となっているのかもしれない。
本書が日本語訳で出版された当時、僕の記憶では、あまり評価が高くなかったように思う。確かに、全盛期のグリーンの作品に比べると見劣りがする感じがある。その当時、本書を初読しても、今一つ、魅力に欠けるというか、印象に残らないというか、決め手が欠けるというか、そんな感じが僕の中で残ったのだな。
初読時から20数年を経て、読み直してみたくなった。今読んだら、当時とはもっと違った印象を持つかもしれないと期待したのだけれど、結果、あまり変わらなかったかもしれない。
もちろん、本書を高く評価する人もあるだろうと思う。でも、どうも僕の肌に合わない感じなんだな。それでも、ジムの少年時代を描いた第1部はすごく面白いと思った。
僕の唯我独断的評価は3つ星半というところだ。
<テキスト>
『キャプテンと敵』(The Captain and The Enemy、1988年)グレアム・グリーン著
宇野利泰訳 早川書房
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)