12月26日:ミステリバカにクスリなし~『命果てるまで』 

12月26日(火):ミステリバカにクスリなし~『命果てるまで』 

 

 エド・マクベインの87分署シリーズの一冊『命果てるまで』を今回はチョイス。 

 この本は僕が中学生の時に読んだきりだ。そして、僕にとって初めて読んだ87分署シリーズものだ。「突っ込み本」で買った一冊だったのは覚えている。 

 「突っ込み本」というのは、例えば予算1000円で本を買いに行く。お目当ての本を二冊ほど買うと、(当時は)少し予算が余る。200円とか300円とか余るわけだ。そこで、その値段で買える本を突っ込むのである。だからお目当ての本でもなければ、好きな作家さんの本というわけでもないのである。予算が余っているから買ったという程度の本である。ただ、こういう「突っ込み本」がしばしば大当たりとなることもある。本書もそうだった。以後、しばらくは87分署シリーズにハマったものだった。 

 

 物語はバート・クリング刑事の結婚式から始まる。これまで女運の悪かったクリング刑事にもようやく春が来たかと思いきや、式の後、ホテルで新妻のオーガスタが行方不明になるという災難に遭う。案の定というところか。 

 クリングがホテルでシャワーを浴びている5分ほどの間にオーガスタ・ブレアの姿がなくなる。最初は仲間の悪戯かと思ったクリング刑事も、片一方だけ残された靴、置いたままの上着、そしてクロロホルムの染みた脱脂綿などの状況証拠から悟った。オーガスタは何者かによって誘拐されたのだ、と。 

 連絡を受けて駆けつけたスティーブ・キャレラ刑事。犯人の足取りをたどる。非常階段から下りたのだろう。中庭に出る。そこにトラックが止まっていたのを掃除人のビル・ベイリーが目撃していた。 

 悲嘆にくれるクリング刑事。87分署の面々に怒りが込み上げ、全力で犯人捜査に乗り出す。彼らは動機から取り掛かる。クリング刑事に恨みを持つ者による犯行ではないかと。情報屋を雇って、かつてクリング刑事に挙げられた犯罪者たちを当たる。中でも容疑濃厚な二人に目星をつけるのだが。 

 

 87分署の刑事たちが捜査している間にも、オーガスタを軟禁した犯人は彼女を死ぬほど怯えさせ続けている。刑事たちの活躍ぶりも毎度のことであるが、彼女を助けることができるのか、それに間に合うのか。刑事たちの捜査が難航している間にも、犯人の言動はますますエスカレートしていき、彼女を危機に陥れる。そこはスリル満点である。 

 この犯人は、今風に言えばサイコパスということになるだろうか。モデルのオーガスタを見初めてから、彼女に関することを執拗に調べ、グラビア写真を収拾しまくる。子供時代に母親を殺された場面を目撃しており、犯人の言動はその時の殺人犯に同一視していることを伺わせるもので、こういってよければ、母親とオーガスタは犯人の中では同一になっているということである。異常心理を取り扱っているところも印象が残る。 

 オーガスタとのやりとりにおいても、サイコパス色が濃厚で、そこはよく描けていると思う。もっとも、読んでいて虫唾が走り、胸糞が悪くなる思いはするけれど。 

 

 刑事たちが活躍する一方、83分署からはオリ―・ウィークス刑事、通称デブのオリ―が、頼まれもしないのに、助っ人としてやってくる。この人が面白い。冷酷な犯人による陰湿な犯罪事件が描かれている中で、ユーモラスなこの人の存在がどこか救いになる。 

 挙式当日はたくさんの写真が撮影されたが、そこに身元不詳の人物が紛れ込んでいないか探してみたり、自動車のカタログを集めて、当夜目撃したトラックの車種をビル・ベイリーに絞り込ませたり、そして犯人が気ちがい野郎だと喝破したり、間一髪のところで犯人を撃つなど、キャレラ刑事などは辟易しているのだけれど、事件解決にオリ―の果たした役割はけっこう大きい。 

 ラストで俺も87分署に入ろうかななどと言っているけれど、後の作品では87分署のメンバーになっているのだろうか。 

 まあ、余談であるが、どうして誰もクロロホルムの線を当たってみようとしないのか、僕は不思議だった。アメリカではクロロホルムが簡単に入手できるのだろうか。余計な穿鑿はしないでおくか。 

 

 その他、クリング刑事に恨みを持っていると思われる前科者を追っていて、強盗を未遂に防ぐ場面がある。そこも面白かった。 

 その前科者の住居に踏み込むと、そこには大量の酒が封も切らずに置いてある。ある酒屋で二日に一回買いに行くようである。刑事たちはその酒屋に行き、その男を待ち伏せする。そうして強盗を防ぐことになったわけだ。なるほどと思った。この男の行動は強盗を働く店の下見だったのか。本筋とは関係がないけれど、思わぬところで面白い場面が見られて、何か得した気分にもなる。 

 

 本書は1976年の作品である。巻末リストを見ると、当時は新作の方であった。87分署シリーズの最初の一冊目から20年を経て、本書はシリーズ34作目となる。相変わらず、スピード感のある展開、魅力に富んだ登場人物たち、そしてエンタメ性に優れていて、読み始めると引き込まれてしまい、止まらなくなるほど面白い。そこは評価する。ただ推理小説とは認めない(なぜか、ここだけは僕も頑固だ)。 

 中学生時代に一度読んだきりの本だったけれど、こうして読み直して、この年齢になっても面白く読めてしまう。僕の個人的体験というか個人的感情もあるのかもしれないが、若い時代に読んで面白かった本は、オヤジになって読み返してみても面白いものだ、と改めて認識した。 

 当時はキャレラ刑事も、マイヤー・マイヤー刑事も、誰が誰やらわからなかったし、バート・クリング刑事の女運の悪さのことも知らなかった。何も知らなくても面白かったわけだけど、個々の刑事や過去の作品を知っていると、もっと面白味が出てくる。まあ、シリーズものあるあるみたいなものだ。そのシリーズの世界観を知っているとより一層楽しめる。 

 

 さて、本書の唯我独断的読書評は4つ星半を進呈しよう。やっぱり面白い。 

 でも、いくら面白くても、今の僕の趣味とは合わなくなってきている。今回の再読で本書ともお別れしようと思っている。 

 

<テキスト> 

『命果てるまで』(So Long As You Both Shall Live)エド・マクベイン著(1976年) 

久良岐基一訳 ハヤカワミステリ文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

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