12月22日(木):休日の続き
昨日は20日の火曜日11時までのことを書いた。今日はその後のことを書こうと思う。11時にカフェを出て、一件買い物を済ますと、僕は京都府立図書館へと足を運んだ。寺町通りを三条まで歩き、三条通りを東に向いて歩いて行く。平日の午前中ということもあるのだろうが、閑散としたものである。寺町通りを清掃しているボランティアの一団を見た。彼らをしばらく眺めていて、あることを思いつく。就職がなかなか決まらないクライアントのことで、こういうボランティア活動に参加すれば、履歴書にも書けるのではないか、それに労働の感覚も得られるのではないかということだった。今度、会った時にそういう話をしてみようと思う。
三条通りを東へ向かう。鴨川を超えて、東山までの間はとても淋しい感じである。シャッターが下りたままの店舗も何軒もある。この辺りは商売には厳しいのかもしれないなと思う。兄の店もこの辺りにあった。僕はそれを思い出して、兄の店だった所が、今はどうなっているか見てみたくなり、少し寄り道する。兄たちが出た後、焼肉屋さんになっていることは知っていたが、何とか続いているようだ。いつか行ってみようと思う。
図書館に着く。来るのも久しぶりだ。予定していた本を借りる。喫煙部屋が撤去されていて、「ああ、お前もか」という気分で外に出る。岡崎公園へ出て、弁当を食べる。東山の峰々を眺めながらの昼食である。昔はよく登ったものだと思いながら。
京都は三方を山に囲まれているが、北山は一人では歩きたくないエリアである。うっかりすると、自分がどこを歩いているのか分からなくなるのである。特に北山の奥の方へ入った時はなおさらである。西山は、亀岡方面に行ってしまわなければ安心である。こうした点で比較すると、東山ははるかに歩きやすい。いざとなったら京都側にでも滋賀県側にでも降りられるからである。
二条通りを、今度は西に向かって歩く。途中、古書店に寄る予定だったが、なんと臨時休業しているではないか。幾分、失望しながら、河原町通りを超え、寺町二条へ出る。その辺りの古書店にふらりと入る。小説を購入してしまう。今日は何も買わないでおこうと決めていたのだが。古書の鉄則は見つけた時に買えというものである。次に行った時にはなくなっていることが多いからだ。僕は過去の経験からそれを学んだ。しかし、良くない学びだったかもしれない。
寺町通りを四条方面に向かって歩く。寺町の四条寄りの空き店舗が喫煙スペースになっていると、あるクライアントから教えてもらった。僕はその場所を発見し、ちょっと覗きがてら中に入る。さっき買った本を広げて、タバコを吸う。キャンペーンのお姉さんが近寄ってくる。「タバコは何をお吸いですか」。彼女がこう尋ねるので、僕は吸っているタバコを取り出して見せる。今は吸っているけれど、この一箱がなくなったら、またインターバルを空けようと決めていたのは事実である。こうして、タバコを止めようとしている時に限って、サンプルのタバコを頂いたりするのだから、おかしなものである。
買った小説を読みたいので、寺町でお気に入りのカフェに入る。一時間ほど読む。ここは僕のお気に入りの店であると同時に、他の客の会話を盗み聞きするスポットでもある。またまた面白い話を盗み聞いたが、それは後日述べようと思う。
その後、寺町の古書店に入る。前々から買おうと決めていた本がそこにはあって、専門書でいささか値が張るので躊躇していたのである。迷うくらいなら、買ってしまえ、次には売れてしまっているかもしれないと決意し、なけなしの金をはたいて購入する。でも、この本は買って良かったと思っている。
それからようやく電車に乗って、師匠の所へ向かうのだ。高槻には寄る時間がなさそうなので、通過する。また悪い癖が出て、梅田で途中下車する。梅田の繁華街をぶらぶら歩く。京都とは比べ物にならないほど人が歩いている。しかしながら、一軒一軒を見ると、けっこう店舗の入れ替わりが著しく、しかもそれが速いという印象を受ける。ついこの前「こんな店ができたんだ」と思って眺めていた場所に、もう別の店がオープンしていたりする。人が多くても、厳しいものなのだろうなと思う。
その後、師匠の住む神戸へと向かう。JRの辺りは迷子になりそうである。また、乗り慣れないので、電車を間違えそうになる(実際、帰りは間違えた)。駅を降りる。先に古書店を覗きに行く。ここはいい本が隠れていたりするのだけれど、値段が若干高いのである。例えば、「ラッセルの結婚論」を見つけたけれど、京都では200円の値がついていたのだが、ここでは1000円の値がついていた。しかも京都で発見した方が綺麗なのである。古書の値段というのも基準がはっきりしないものである。
師匠との約束は18時である。まだ少し時間がある。コンビニ前の灰皿に立って、その日最後のタバコを吸う。18時から19時まで、師匠と面接する。有益ではなかったが、改めて考えてみる価値のある点を発見する。
この後も、僕のウロウロが続くのだけれど、あまり長々と書いていても退屈するだろうと思われるので、この辺りで切り上げる。休日は得るところが多いものである。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)