12月17日:自己の分断

12月17日(水):自己の分断

 

 今日のクライアントのエピソードを少し拝借させてもらおう。

 クライアントは母親で娘の件で相談に来られている。この娘さんは親と離れて暮らしている。障害もあるそうだ。そのため、娘は経済的に厳しいということで、母親が毎月一定額のお金を振り込んでいるという。娘はそのお金を一部は治療費に当て、他は生活費その他に当てているそうである。

 今月、母親が振り込みでミスをしてしまったという。治療費とその他の費用のうち、治療費だけを振り込んだのだそうだ。母親の話では、振込金額を間違えていたことに気づいていなかったそうだ。さらに、ATM操作する時に幾分注意が散漫になっていたふしも見られるように思う。母親のこのミスは解釈しないでおこう。取り上げたいのは娘の方だ。

 銀行から帰った娘は、同棲している男性に言う。「ほら、やっぱり親ってこんなものだ」などと。彼氏の方は、より現実的であって、何かの手違いがあったのではないかと娘を諭す。以後、娘の中では親に対する陰性感情が尾を引いているとのこと。

 この娘さんのしていることは何だろうか。彼女のどこが問題になるだろうか。それを考えてみよう。

 僕の見解では、親もお金のことも関係が無いということである。毎月決まった額のお金がこれまでは振り込まれていた。今回、母親のミスでイレギュラーなことが起きたわけだ。この一回のイレギュラーが娘に与えているダメージが問題であると僕は思う。

 彼女はこの一回のイレギュラーな出来事で相当なダメージを受けていると思われるのだけれど、そのわけは、その後の退行の程度といつまでも尾を引いていることに求められる。彼女は一気に退行してしまっており、また、そこで生じた陰性感情をどうにも処理できなくなっているようである。

 彼女はイレギュラーなこと、不測の出来事に弱い、そう言ってしまえば言えないこともないんだけれど、ここはもう少し踏み込んで考えなくてはならない。どうしてイレギュラーなことがダメージになってしまうのかである。

 確かに、振り込まれるはずだった金額のものが振り込まれていないということであれば、ビックリするだろうとは思う。そして、「なんで?」と疑問に思うかもしれない。そして、何か手違いがあったのかもしれないと思うことだろう。そこで、不足額が振り込まれるかもう少し待ってみることもできるのだけれど、相手が母親であれば、即座に母親に問い合わせてみるということもできるだろう。つまり、このイレギュラーな事態に遭遇して何らかの現実的対処を試みるだろう。彼女はそういう対処ができないでいるようだ。

 では、そのような対処ができるのはなぜなのだろうか。それは過去経験の蓄積があるからである。つまり、今までは母親はきちんと振り込んでくれていたという実績があるからである。それが安心や信頼につながるだろう。安心や信頼があれば、そこでパニックになることもなければ動揺することもないだろう。彼氏のような反応を示すことだろうと思う。従って、彼女がそのイレギュラーなことでダメージを受けるのは、過去経験が蓄積されていないためである、とそのように言えそうである。

 では、なぜ過去経験が彼女の中で積み重なっていないのか、どうして過去経験を参照することができないのか。それは彼女の中で自己恒常性の感覚が乏しいからであると僕は思う。過去から現在まで自己が一貫して恒常的に維持されているという感覚が乏しいので、出来事は常に新しいものとして経験されることになる。そのため過去の上手くいった経験は生かされることがないのだ。

 分かりやすくするために極端な例を出そう。もし、昨日の私と今日の私とがつながっていないなら、昨日の私と今日の私は別人ということになる。そうなると、昨日学んだことを今日新たに学ばなければならなくなる。昨日経験したことは今日活かすことができなくなる。昨日のことは昨日のこととして、今日の私からは切り離されているからである。昨日の経験を参照することもできなければ、昨日の経験から学ぶということもない。昨日の経験は、今日のダメージを緩和するために役立つこともない。昨日の私と今日の私とは一切コンタクトを持てなくなっている。昨日の私も私であり、今日の私も私である。昨日の記憶もある。ただ、昨日の私と今日の私との恒常性が失われているのである。昨日の私と今日の私とは分断されているのである。

 この娘さんの問題はそこにあると思う。彼女の中で自分が一貫していないのだ。

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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