12月17日(火):ミステリバカにクスリなし~『殺しのグルメ』(1)
ロバート・ブロックの自選殺人小説集。著者による序文と16の短編小説が収録されている。
本書では、一流のシェフがさまざまな料理を提供するのと同じように、著者がさまざまな殺人を提供する。それこそあの手この手の殺人が提供される。序文にて、著者は恐ろしい犯罪には笑いで恐怖を消し去らなければならないが、現実の殺人事件ではもはや笑いでその恐怖を払拭することなどできない。だからフィクションでやるのだ、といったことを述べているが、この文章はブロックの作品の本質をついているかもしれない。これらの短編小説には、残酷な描写もあるけれど、どこかユーモア、笑い、稚戯が垣間見られ、そこにブロックらしさを僕は感じる。
1「ナイトスクール」(Night School)
どんな大都会の横丁にも古本屋がある。どうやって生計を立てているのか。今ここにミスター・アベルが一軒の古本屋に足を踏み入れた。何かお探しですか、古書店の店主に尋ねられて、アベルは書名を伝える。何かの暗号だろうか、店主はアベルを奥へ導く。この店主、表向きは古書店だが、裏では完全犯罪を教授していたのだ。アベルはその教えを身につけ、一人の人間を殺し、その報告のために再び店主を訪れる。
殺人の手口はシンプルな方が却って良いとか、狂人の仕業にみせかけると迷宮入りしやすいとか、読者にとってもなかなか有益(?)な知識も得られる。それよりも、アベルがどんな完全犯罪をやってのけたのかはまったく描かれていない。そこが描かれてないので肩すかしを食らったような気分になる。が、そこがユーモアにつながるところである。そこが描かれるものと期待させておきながら、敢えて外すという。そして、実はアベルの目的は他にあったのだ。
2「モデル・ワイフ」(The Model Wofe)
殺人は恋に似て盲目である。混血の女性エリスと、同じく白人と黒人の混血である男性ホセとは恋しあい、結婚する。しかし、エリスはフランス人のムッシュー・カルネと恋に陥り、ホセと別れて、カルネと結婚してしまった。ホセは無言でそのなりゆきを眺めている。
わずか3ページのショートショートである。ラストはホセがエリスに呪術をかけたということなのだろう。ホセがブードゥー教が盛んな山岳地帯の出身であるという一文(本当にこの一文のみである)からそのことが窺われるわけだ。
3「優雅な人々」(The Beautiful People)
ジミー・ハートネットが故郷に戻ってきた時、彼は25歳で、かなりのハンサムであった。彼のイケメンぶりは評判にさえなった。そんなさなか、一人の美女が彼に近づく。彼は初対面と思ったが、女の方は彼を知っていたのだ。子供時代の知り合いで、当時、ジミーから「ラバのミリー」たる綽名をつけられていたミリーであった。ミリーは整形手術をして美しくなったのだ。それだけでなく、ミリーは資産家の娘であった。ジミーはミリーに恋し、結婚するが、共に生活していくうちに、ウマが合わなくなり、やがて、美貌のミリーの下に「ラバのミリー」の姿がジミーには見えるようになってくる。ミリーへの気持ちが離れていくのと同時に、ジミーは愛人を持つようになる。それを察したミリーはジミーへの復讐を企てる。
タイトルの優雅な人々というのは、醜いものを避けたりこきおろしたりして、美しいものには追従するといった人たちのことであり、作中のミリーの言葉である。復讐を果たしたミリーが本当に美しくなったというのは納得である。容貌の問題ではなく、心の問題なのだ。憎しみが人を醜くさせていたのだ。ジミーにとっては皮肉な結末である。
4「兄弟仲良く」(All in the Family)
夫が妻を殺す方が、その逆よりもラクである。ましてや夫の職業が葬儀屋であれば好都合である。葬儀屋のカールは妻を殺そうと心に秘めていた。そのチャンスが到来したのだ。弟エルマーの細君が亡くなったのだ。カールにとって義妹にあたる女の棺桶に、妻の死体も詰め込んで埋葬してしまえばいい。この計画は万事ぬかりなく行われ、成功したかに見えたのだが。
やはり皮肉な結末である。兄からみると弟は堅物の信心家だったのだが、どうもそうではなかったようである。身内のことは正確に理解できないものである。短い作品ながら、ラストのオチが効いている。
5「裏切り」(Double-cross)
放送会社の副社長であるミレイニーの名を聞けば、みなギクリとする、バズィ・ウォーターズを除いては。バズィは、そこそこ人気こそ出てきたが、二流のコメディアンである。そのバズィが番組のリハーサルに姿を見せないという連絡をミレイニーは受け取る。方々を探して、ようやくバズィを見つけるも、彼はすでにへべれけに酔っていた。なんとかリハーサルに連れていこうとするミレイニーとそれに反対するバズィとの間で悶着があり、ちょっとした格闘の末、ミレイニーはバズィを死なしてしまう。ミレイニーは策を講じる。バズィと瓜二つのジョー・トラスキンを呼び寄せ、彼をバズィの身代わりに立てようとする。ジョーは行方不明になり、バズィの人気は上昇していく。ミレイニーは安堵するのであったが、それも束の間のことであった。
ミステリのトリックでは定番の二人二役というか人物入れ替わりが鮮やかな一篇だ。著者も「ヒッチコック劇場」や「トワイライト・ゾーン」など、テレビ関係の仕事もこなしていたので、その現場からこういう発想を得たのかもしれない。出演者がリハーサルに現れないとか、自分の代わりに演じてくれる身代わりが欲しいとスターがこぼしたりとか、そんなのが実際にあったかもしれないな。そんなことまで連想すると面白さが倍増する感じがする。
さて、第1話から5話までを読んできた。数としては収録作品の3分の1程度を読んだことになる。分量の関係で次項へ引き継ごう。次は6話から10話までを読もう。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)